西陣織は“未来のメディア”になれるのか──HOSOOがミラノで問いかけた、織物とデジタルの新しい関係
毎年4月、世界中のデザイン関係者が集うミラノデザインウィーク。家具や照明、新しいプロダクトが街を埋め尽くすこの祭典のなかで、京都・西陣のテキスタイルブランドHOSOOが提示したのは、ものづくりの未来に関するひとつの問いでした。それは、「織物とは何か」という問いです。
2026年のミラノデザインウィークでHOSOOは、ドイツの現代アーティスト/音響作家 カールステン・ニコライ(Carsten Nicolai/Alva Noto)との協働によるインスタレーション「WAVE WEAVE」と、新作テキスタイルコレクション「Raster Gradient」を発表しました。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
今回の発表が興味深いのは、そこに伝統工芸の継承という文脈だけでは語れない視点があることです。HOSOOが提示していたのは、西陣織を「工芸品」ではなく、「情報を記録し、伝達するメディア」として捉え直す試みでした。
織物は、音を記録できるのか
HOSOOとカールステン・ニコライの協働は2023年に始まりました。旧東ドイツの織物産業の中心地であるケムニッツに生まれ、長年にわたり織物の構造や起源に関心を寄せてきたニコライと、1688年創業のHOSOO。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
今回のインスタレーション「WAVE WEAVE」は、音と織物という異なるメディアの関係性を再定義する試みとして構想されています。その中心にあるのが、「Sono Obi Wave Weave」です。音響データをスペクトログラムとして可視化し、その情報を織物へ変換する。そして、その織物は再び音へと還元されうる構造を持っています。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
ここで織物は、単なる素材ではありません。音を保存する記録媒体であり、再生装置でもある存在として提示されています。私たちは普段、データをスクリーンやスピーカーを通して認識しています。
西陣織で描くデジタルの風景
もうひとつの発表である新作テキスタイルコレクション「Raster Gradient」もまた、同じ問いの延長線上にあります。「Raster Gradient」は、ニコライによる同名のシルクスクリーン作品をもとに制作されたコレクションです。ドットの密度によって生まれるグラデーションを、西陣織の技術によって物質化しています。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
近づけば無数の点で構成されているのに、離れると滑らかなグラデーションとして認識される。その視覚体験は、デジタルスクリーンに慣れた現代人にとってどこか見覚えのあるものです。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
つまりここで起きているのは、デジタル表現のアナログ化ではありません。むしろ、デジタルの視覚言語を、織物という身体性を持つ素材へ翻訳する行為です。平面で完結していた情報が、光を受け、影を生み、触覚を伴う存在へと変化していきます。
1688年から続く技術が向かう先
西陣織の歴史は1200年以上に及びます。HOSOOもまた、1688年に京都・西陣で創業して以来、帯や着物に用いられる伝統技術を継承してきました。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
今回の発表もまた、その延長線上にあります。伝統を守ることではなく、伝統を未来へ接続すること。そのためにHOSOOは、西陣織を過去の技術としてではなく、現在進行形の表現手段として位置づけています。工芸ではなく、“メディア”としての織物
今回の展示で最も印象的だったのは、織物を「構造」として捉え直していることでした。音にも構造がある。
Courtesy of HOSOO Co., Ltd.
それは、伝統工芸とデジタル技術の融合という単純な話ではありません。むしろ、人間が情報をどのように知覚し、どのように記録してきたのかという、より根源的な問いに近いものです。西陣織は未来に残るのか。という問いではなく、西陣織は未来において何になれるのか。HOSOOとカールステン・ニコライがミラノで示したのは、その可能性のひとつだったのかもしれません。
【INFORMATION】
WAVE WEAVE
会期:2026年4月20日〜25日
会場:HOSOO MILAN
(Largo Treves 5, 20121 Milan, Italy)
主催:HOSOO株式会社
協力:Studio Carsten Nicolai、Galerie EIGEN+ART Leipzig/Berlin、NOTON . Archiv für Ton und Nichtton ほか
2026年のミラノデザインウィークでHOSOOは、ドイツの現代アーティスト/音響作家 カールステン・ニコライ(Carsten Nicolai/Alva Noto)との協働によるインスタレーション「WAVE WEAVE」と、新作テキスタイルコレクション「Raster Gradient」を発表しました。
今回の発表が興味深いのは、そこに伝統工芸の継承という文脈だけでは語れない視点があることです。HOSOOが提示していたのは、西陣織を「工芸品」ではなく、「情報を記録し、伝達するメディア」として捉え直す試みでした。
織物は、音を記録できるのか
HOSOOとカールステン・ニコライの協働は2023年に始まりました。旧東ドイツの織物産業の中心地であるケムニッツに生まれ、長年にわたり織物の構造や起源に関心を寄せてきたニコライと、1688年創業のHOSOO。
両者が共有していたのは、「構造」への関心でした。
今回のインスタレーション「WAVE WEAVE」は、音と織物という異なるメディアの関係性を再定義する試みとして構想されています。その中心にあるのが、「Sono Obi Wave Weave」です。音響データをスペクトログラムとして可視化し、その情報を織物へ変換する。そして、その織物は再び音へと還元されうる構造を持っています。
ここで織物は、単なる素材ではありません。音を保存する記録媒体であり、再生装置でもある存在として提示されています。私たちは普段、データをスクリーンやスピーカーを通して認識しています。
しかし本作では、音が糸となり、織組織となり、物質として空間の中に存在します。目に見えないものを可視化すること。それは実は、織物が古来担ってきた役割でもありました。
西陣織で描くデジタルの風景
もうひとつの発表である新作テキスタイルコレクション「Raster Gradient」もまた、同じ問いの延長線上にあります。「Raster Gradient」は、ニコライによる同名のシルクスクリーン作品をもとに制作されたコレクションです。ドットの密度によって生まれるグラデーションを、西陣織の技術によって物質化しています。
近づけば無数の点で構成されているのに、離れると滑らかなグラデーションとして認識される。その視覚体験は、デジタルスクリーンに慣れた現代人にとってどこか見覚えのあるものです。
しかし実際には、それはピクセルではなく糸によって構成されています。制作には、糸の密度と構造を精密に制御する西陣織の技術が用いられています。さらに複数色の経糸を組み合わせることで、極めて繊細な色彩の階調を実現しています。
つまりここで起きているのは、デジタル表現のアナログ化ではありません。むしろ、デジタルの視覚言語を、織物という身体性を持つ素材へ翻訳する行為です。平面で完結していた情報が、光を受け、影を生み、触覚を伴う存在へと変化していきます。
1688年から続く技術が向かう先
西陣織の歴史は1200年以上に及びます。HOSOOもまた、1688年に京都・西陣で創業して以来、帯や着物に用いられる伝統技術を継承してきました。
しかし近年のHOSOOは、単なる伝統工芸ブランドという枠には収まりません。建築家やアーティストとの協働を重ね、テキスタイルを空間表現へと拡張してきました。2023年にはミラノ・ブレラ地区に初の海外ショールーム「HOSOO MILAN」もオープンしています。
今回の発表もまた、その延長線上にあります。伝統を守ることではなく、伝統を未来へ接続すること。そのためにHOSOOは、西陣織を過去の技術としてではなく、現在進行形の表現手段として位置づけています。工芸ではなく、“メディア”としての織物
今回の展示で最も印象的だったのは、織物を「構造」として捉え直していることでした。音にも構造がある。
映像にも構造がある。そして織物にも構造がある。その共通項を見出すことで、音は織物になり、織物は映像になり、データは空間へと変換されていきます。
それは、伝統工芸とデジタル技術の融合という単純な話ではありません。むしろ、人間が情報をどのように知覚し、どのように記録してきたのかという、より根源的な問いに近いものです。西陣織は未来に残るのか。という問いではなく、西陣織は未来において何になれるのか。HOSOOとカールステン・ニコライがミラノで示したのは、その可能性のひとつだったのかもしれません。
【INFORMATION】
WAVE WEAVE
会期:2026年4月20日〜25日
会場:HOSOO MILAN
(Largo Treves 5, 20121 Milan, Italy)
主催:HOSOO株式会社
協力:Studio Carsten Nicolai、Galerie EIGEN+ART Leipzig/Berlin、NOTON . Archiv für Ton und Nichtton ほか