2022年12月10日 18:05
カナコ サカイ 2023年春夏コレクション - 風の名残、細波の空
カナコ サカイ(KANAKO SAKAI)の2023年春夏コレクションが発表された。
ながれとうつろい
紀貫之は詠む──「桜花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞ立ちける」。春の柔らかな風に桜の花は散り、その名残のごとく、空という水なき水面に細波がふるえる。「名残」が「余波」と語源を共有するように、「なごり」という語に誘われて、空は水に映り、水は空を流れる。風と水という流動的なモチーフがひとつの歌のなかで互いに移ろい、明晰な像を結ぶことなく揺らめいてやまない。
平安時代に編纂され、貫之自身も撰者を務めた『古今和歌集』に収められているこの古歌を引いたのはほかでもない、今季のカナコ サカイが、すぐれてこの移ろいの感覚に基づいているからだ。たとえばトレンチコートには、京都の職人の手仕事によるぼかし染めと墨流しの技法を用い、流れるように繊細な色彩の移ろいを表現している。あるいはデニムジャケットやパンツには、ブリーチ剤を手で擦りこむようにして施すことで、水面とも空とも知れぬ、柔らかな模様を生みだした。
平安時代の貴族が、雅やかな遊びとして楽しんだ墨流し。これを装飾技法として用いた現存最古の例が、三十六歌仙の和歌を集めた平安末期の『西本願寺本三十六人家集』のうち、すでに名前を挙げた紀貫之と、凡河内躬恒の和歌の料紙だという。