仕事を理由に…義父の世話も押し付ける夫!?だが⇒妻「仕事でもそうなの?」プライドをへし折る”反撃”で夫は真っ赤に!?
家庭の中での役割分担は、日々の負担感に大きく影響します。特定の人に家事が偏る状態が続くと、体力だけでなく気持ちの余裕も削られていくものです。同居や頻繁な行き来がある場合、夫だけでなく義両親との関わり方も重なり、負担が見えにくいまま積み上がることがあります。手伝いを求めても変化がないと、伝え方や関係の保ち方に悩む場面もあるでしょう。今回は、家事を担う側に負担が集中している状況で、義母と協力しながら夫を変えていった女性の体験談を紹介します。夫も義父も家事をしない
私は夫と2人で暮らしています。夫は亭主関白で「俺は外で働いてるんだ」が口癖。家ではスマホ片手にゲーム三昧で、家事はなに一つ手伝いません。
そのルーツは、どうやら義実家にあるようでした。
大晦日、義実家へ行くと地獄が始まります。義父は座ったまま「茶」「飯」と命令する典型的な亭主関白。夫もそれに同調し、こたつから一歩も動きません。
私と義母が台所で汗だくになって準備をしている間、2人はテレビを観て笑い、挙句の果てには「味付けが薄い」「出すのが遅い」と文句ばかり。そんな夫と義父の姿に私の心も徐々に我慢の限界がきていました。
1週間の入院
新年早々のことでした。長年の喫煙と不摂生がたたり、義父が倒れて入院したのです。
普段あれだけ威張っていた義父が、病室のベッドで小さくなっている姿には少し同情しました。
しかし問題はここからです。入院生活に欠かせない着替えの交換や生活の世話について「交代でやりましょう」と提案したところ、夫は面倒くさいという表情を浮かべ…。「俺は仕事で忙しいし、こういうのは女の役割だろ。全部お前に任せるよ」と一言。
自分の親のことさえも妻にすべて押し付けようとする夫。そんな態度に、もはや呆れて言葉がでませんでした。
やっと味方ができた
そんな夫を見ていた義母は「大変な思いをさせてごめんなさい」と、私に謝罪してくれました。
義父と離れて静かな時間を過ごしたことで、義母も長年の異常な主従関係に気づき、自分を取り戻し始めていたのです。
そこで私は「もう夫を許せそうにありません」と本音をこぼします。すると義母は私の手を握り締め、力強く言ってくれました。「あの子をこんな風に育ててしまったのは私の責任。一緒に更生させましょう。」と。
これまで家庭内で孤立無援だった私に、初めて頼もしい味方ができました。夫を甘やかし、亭主関白を「伝統」だと思い込ませていた義実家の古い鎖を、義母と一緒に断ち切る決意が固まりました。もう、以前のような言いなりにはならないと誓った私。
外で仕事できているとは思えない
ついに義母と私の反撃が始まります。夫がいつものように実家へ逃げ込もうとしても、義母は玄関先で「自立できない男は家に入れないわ」とピシャリ。逃げ場を失った夫は呆然としていました。
家でも徹底的に甘えを断ち切りました。自分の洗濯物は自分で回すように言うと、夫が「洗濯機の回し方なんて分かるか!」と逆ギレ。私は「そんなこともできないで、恥ずかしくないの?」と冷ややかな声で言い返しました。さらに「家でなにもできないあなたが、外で仕事できているとは思えないけど?」とたたみかけると、真っ赤になって黙り込む夫。
義母という味方を得た私には、もう迷いがありません。
自分がいかに無力で傲慢だったか、たっぷりと自覚してもらうつもりでした。
捨てられるわよ
私の反撃から実家に逃げた夫ですが、玄関先で待ち受けていたのは厳しい表情の義母でした。そして夫は会社にまで逃げて同僚に助けを求めたようですが、何をしたのか、あっけなく失敗したようで…。夫はようやく自分の愚かさを自覚し始めたようでした。
入院生活で人の助けの有り難みを知った義父も退院後、自ら進んで台所に立つようになったのです。長年「茶」の一言で済ませていた人が、義母に教わりながら家事をする姿は信じられない光景でした。
まだ完璧ではありませんが、勇気を出して義母と手を取り合い、反撃をして本当に良かったです。今は少しだけ、穏やかな未来を信じてみようと思っています。
最後にまずは、どの家事にどれだけ時間や手間がかかっているかを見える形にすることが有効です。そのうえで、担当や頻度を明確に区切り、できる範囲から役割を割り振ると負担の偏りが伝わりやすくなります。頼み方は一度に多くを求めるのではなく、行動を限定したほうが受け入れられやすいでしょう。難しい場合は、外部サービスの利用や作業の簡略化も選択肢に入れてください。無理を続けるより、続けられる形に整える視点が必要となります。作画:kinako※Grapps編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに、個人の特定を避け記事化しています