中村玉緒 働かない長男に絶縁通告!勝さん死別22年目の苦渋
「思えば彼も不運でした。デビュー作は勝さんが監督も務めた映画『座頭市』(’89年公開)。しかし映画撮影中に共演俳優に重傷を負わせ、その後、死亡してしまうという事件が起きたのです。さらに’97年には、息子の行く末を心配しながら、勝さんが65歳で逝去してしまいました」(前出・中村の知人)
勝さん亡きあとは、中村玉緒が遺志を継ぎ、鴈を“一人前の俳優”にすべく、尽力したという。
「バラエティ番組で共演したり、自分が出演する舞台のプロデューサーに頼み込んで、鴈にも役をもらってあげたりしていました。鴈にも“父の名に恥じないような俳優になりたい”という気持ちはあったようですが、プライドも高く、“使いやすい俳優”ではなかったと聞いています。また玉緒さんの経済的援助があるので、生活にも困らなかったために、やる気も長続きはしなかったようです」(前出・舞台関係者)
中村は“母としての葛藤”をインタビューで明かしている。
《私はちょっと贅沢をさせて、(子供たちの)育て方を間違えたかもしれません。
でも、私にとっては、大事な子供たちです。娘はいちど結婚してすぐ離婚しましたし、息子もまだ独身ですが、早くいい嫁さんに来てもらって、孫の顔が見たいですね》(『婦人公論』’06年1月22日号)