2020年11月16日 11:00
山谷でけんちん汁店営む老夫婦 故郷を失った人の帰る場所に
「田舎に帰ったらお袋にしわしわの手でお金を渡されて、もう帰ってくるなって……」
1杯のけんちん汁をすすりながら、涙をこぼす客。うなずき、話を聞くけんちん汁店「大倉屋」の店主・石橋新平さん(84)・ヒロ子さん(83)は、変わりゆく山谷の町を見続け、労働者たちの切ない身の上に耳を傾けてきた。
大倉屋のけんちん汁は、もとはヒロ子さんの故郷の味。栄養たっぷりの優しい味だ。帰れないふるさとを思いながら味わう野菜の甘味は、今も、寂しい心を温め続けていた――。
「取材?ダメダメ!」
大倉屋を取材中、少なくない数の客から、記者は取材を拒否された。なかには、取材協力の依頼を一切無視する人や、一瞥もくれずたった一言、強い調子で「いやだ!」と返す人も。新平さんからも、こんなふうに注意を促された。
「この町の人はね、いろいろとワケありだったり、難しい人も多いからね。声かけるのも、写真撮るのも気をつけてやってよね」
ヒロ子さんも次のように常連客たちを慮った。
「人生のね、裏街道を歩いてきちゃったような、そんな行き場のない人も多い町だからね……」
テイクアウト専門とはいえ、店先で立ったまま、あるいは店前の路上にしゃがみ込んで、そのままけんちん汁を食べる者もいる。