『赤いスイートピー』で聖子は圧倒的存在に…専門家が分析
83年、映画『プルメリアの伝説』撮影中のまだあどけない聖子
住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代にはやった歌やドラマの話。同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。
「松田聖子さんは、デビュー曲『裸足の季節』(’80年)が資生堂のCMソングに起用されたときから、その歌唱力の高さが注目されていました。アイドル路線の王道を歩み、“ぶりっ子”の代名詞も生んだ、その注目度と人気の高さは、歌のうまさがあってのことです」
そう語るのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。現在のようなデジタル技術もなく、歌番組の生中継では、移動中の新幹線のホームなど、ごまかしのきかない状況で歌わなければならない’80年代アイドルは、歌唱力が高いといわれる。
なかでも聖子が圧倒的な存在になったきっかけの1つが、初のバラード曲『赤いスイートピー』(’82年)だ。
「『赤いスイートピー』は当時、存在せず、同曲のヒットにより品種改良が進んだといわれているほど、社会にインパクトを与えました」
感情を込めて歌う曲だからこそ、聴き手の想像力をかき立てる。