はしのえみが欽ちゃんから最初に教わったのは「ダンスの勉強」
81年4月から放送されていた『欽ドン!』
住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代におなかを抱えて笑ったバラエティ番組の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。
「スマホでイモ欽トリオさんの『ハイスクールララバイ』(’81年)をかけながら、エアドラムをたたいているようなイントロの振りつけをマネすると、5歳になる娘がすごく喜んで(笑)。で、『また、あれやって』ってせがむんです。私が’80年代にハマったものに、令和の子どももハマるんだって驚きます。それだけキャッチーで、ワクワクさせるものがあるんでしょうね」
こう語るのは、タレントのはしのえみさん(47)。
幼いころから、とにかくテレビが好きで、歌番組、バラエティ番組を見ては“あの中に私も入っていきたい!”と夢見ていたという。そして、ブラウン管の向こう側にある華やかな芸能界に飛び込もうと、14歳のときに芸能プロダクションのオーディションに応募。
見事に合格を果たした。
「母は理解がありましたが、父は上京することに反対で。でも、同時期に脱サラして店を持ったことから“自分と同じように、えみの夢を応援すべきだ”と考え直してくれて、高校2年生、16歳になったときに、単身上京しました。最初は寮生活で、通っていた夜間学校では同世代の友達が全然できず、ホームシックになるし、思い描いていた芸能の仕事も全然入ってこなくて……。東京に行けばキラキラした毎日を送れると思っていたのに、現実は甘くありませんでした」
それから1年後、欽ちゃんファミリーの一員である小堺一機のテレビ番組に出演する機会を得られ、転機が訪れた。
「欽ちゃんの番組のスタッフさんもたくさんいて、『欽ちゃん劇団ができるんだ。これも縁だし、勉強になるからおいでよ』って誘ってもらえたんです」
はしのさんが上京する前、欽ちゃんは人気番組を次々に降板し、一時休養に入っていた時期もあった。
「だから、まさか欽ちゃんとご一緒する機会があるとは夢にも思いませんでした。
いまだに、欽ちゃんに『おい、えみ』なんて名前で呼ばれると、“あの欽ちゃんが私の存在を知っているんだ”って。不思議な気持ちになるんです」
欽ちゃん劇団で最初に教わったのは「芝居でもお笑いでも、間が大切。間の取り方を覚えるためにもダンスを勉強しなさい」ということだった。
「東京ではずっと孤独で、何をしたらいいのかすらわからなかったけど、まずはダンスのレッスンをするという具体的な目標ができました。さらに劇団で、同じ夢を持つ同世代の友達ができたことも、励みになって。1日に7時間もダンスレッスンをして大変でしたが、すごく充実していました」
もちろん、楽しいことばかりではなかった。欽ちゃんは口調こそ優しいが、芝居に関しては厳しい一面があるという。
「あるとき、舞台袖にいると『えみ、真ん中まで歩いてみて』って欽ちゃんが。
それで歩いてみると『違います!歩き方に素人が出ている』と。どうしたらいいのかわからずに困った顔をすると、そこでまた『困られても、困るんです』と言われてしまって」
欽ちゃんは多くを説明してくれなかった。
「なんで『違う』のか、自分で考えなさい。テレビや舞台でハプニングがあっても『困った顔』をするのではなく、対応できるようにしなさい、ということなんですね」
こうした下積みもあり、芝居ばかりでなく、勝俣州和がリーダーだった男性アイドルグループCHA-CHAの、’92年渋谷公会堂での解散コンサートにも、バックダンサーとして参加。大観衆の前で演じる喜びを感じたという。
「自分の力の至らなさに悔しい思いをしたり、ショックを受けることもたくさんあったけど、’80年代から見てきたテレビの世界に行きたいって強く思えたからこそ、頑張れたんだと思います。いまでも元気がないとき、すっきりしたいときは、あのころの映像を見たり、音楽を聴きます。ワクワクがよみがえって、元気が出るんです」
「女性自身」2021年5月4日号 掲載
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