認知症による親の資産凍結に備える「やっておくべきリスト」
“人生100年時代”を迎え、多くの人が長生きできるようになったのはありがたいが、“長生きリスク”が伴うことになる。特に気をつけたいのは認知症だ。’25年には、高齢者のじつに5人に1人にあたる約700万人が認知症を発症するともいわれ、年々増える傾向にあるという。
介護が必要になり、長生きするほど老後のお金はかかってくる。家族や本人が認知症を発症するとその費用はさらに大きくなり、同時に認知症にかかった人の資産が凍結するといった事態も生じることになる。
こうした“認知症になったときに直面するお金のリスク”について、一度きちんと考えて、いざというときに慌てることのないようにしておきたい。
■「資産の凍結」を事前に防ぐ
判断能力が低下してくると、お金の管理が難しくなり、財布やキャッシュカードを紛失しては、「盗まれた」と思い込むようになったり、訪問販売で不要な商品を買ってしまったり、必要のない改修工事を受けてしまうなど、「お金のトラブル」が増えてくる。
そんなお金のトラブルを防ぐために大事なのが、次の「認知症になる前にやっておくべきリスト」だ。
【預貯金を引き出せなくなる】→「銀行で代理人カードをつくる」
銀行窓口に通帳とキャッシュカード、届出印を持参して手続きをする。約1週間で発行してもらえる。
【貸金庫を開けられなくなる】→「貸金庫の代理人登録をする」
貸金庫の鍵とカードキー、届出印、身分証明書を持参する。
【株式を売買できなくなる】→「株式を売却しておく」
金融商品は早く売却してもらう。
【自動車などが売れなくなる】→「生前贈与をしておく」
年110万円未満であれば、非課税で贈与できる。相続開始前の3年以内に贈与をすると相続したときに、相続税に加算されるので注意。
【土地などの売買ができなくなる】→「家族信託を利用する」
家族と協議し、司法書士等に信託契約書を作成してもらい、印鑑証明とともに公証役場に持参する。
【クレジットカードが使えなくなる】→「家族カードを作る」
加入済みのクレジットカード会社の専用サイトから手続きができる。
約1週間で発行してもらえる。
【公共料金を支払えなくなる】→「日常生活自立支援事業を利用する」
社会福祉協議会に相談し、支援計画書を作成してもらう。利用料は1カ月で1,000〜3,000円程度。
【家族が多額の賠償を支払う】→「個人賠償責任制度に加入する」
物を壊した、人に危害を与えたなどの不測の事態に備えて、保険の契約またはクレジットカードの付帯サービスとして加入する。専用サイトから手続き可能。
【保険金の支払いが遅れる】→「指定代理請求人を決めておく」
届出書を保険証券とともに保険会社へ郵送する。手続き後、新たな保険証券が届く。
子どもが親の財産を管理して、医療や介護費を支払う人もいるだろうが、基本的には裁判所などが認めた「管理権限」を子が持っていなければ、親に代わって預金を引き出すことはできない。
「認知症であることが金融機関にわかると、その名義の口座は凍結されてしまいます。たとえ子どもが親の預金通帳と届出印を持って行ったとしても、金融機関の窓口では本人以外の人が預金を引き出そうとしたとき、身分証明書や委任状の提示を求められます。さらには、本人に電話をかけて『預金を下ろすのを頼んだか』といった意思を確認するケースがあるため、認知症になったら預金は引き出せないと考えたほうがいいでしょう。子どもが親のキャッシュカードを預かり、暗証番号を聞き、お金を引き出す人もいらっしゃいますが、それらの行為はしてはいけないことになっています」
そうアドバイスするのは、認知症高齢者などの問題に詳しい、司法書士・行政書士の元木翼さん。「管理権限」を持つためには、子どもが成年後見制度の後見人になる、あるいは家族信託で、財産の管理を任される方法がある。
「すでに認知症で判断能力が失われていると、家庭裁判所が後見人を選ぶ成年後見制度の『法定後見』一択しかありません。法定後見は、家族が認知症を発症した親の銀行口座からお金を引き出そうとすると、銀行から利用するように勧められるのが一般的です。家庭裁判所に家族が申し立てすると後見人が決まり、親の判断能力に応じて、後見・保佐・補助と種類が分かれます」(元木さん・以下同)
■「生前贈与」の制度が資産を守ることも
後見人の主な役割は、医療機関や介護保険サービスの契約をする身上監護と、預貯金などの管理をする財産管理の2つ。
「現在の制度では、家族ではなく弁護士や司法書士などの専門家が選任されやすく、その場合毎月専門家に支払う報酬が必要になってきます。また、手続きが煩雑で、財産の管理に不自由を感じる人は多く、制度の利用は伸び悩んでいるのが実情です」
そのような煩わしさを解消しようと、全国銀行協会は今年に入って認知症の人の預金の引き出しを「管理権限」を持っていない家族でも一定の場合にはできるように指針を発表した。
全国の銀行がどのように実施するのか、詳細が決定するのはまだ先なので、当分は「代理人カード」で対応することも考えられる。
代理人カードとは、親が認知症になる前に金融機関に行くと、本人と生計を同一にする親族が使えるキャッシュカードをもう1枚作ることができる。カードの発行手数料は金融機関によって異なるが、目安は1,000〜2,000円程度。
また、親が貸金庫を持っている場合でも、代理人登録をすると、出し入れが可能になる。
「財産管理が自由にならなくなるのは、預金の引き出しだけではありません。認知症であると判断されると、不動産、株、自動車などの資産も本人が亡くなるまでいっさいの売買などの処分ができなくなる可能性があります」
子どもに現金を残しつつ、亡くなった後の相続税を最低限にしたいのであれば、親が元気なうちに「生前贈与」の手続きを行うのが得策だ。
年間110万円までの贈与であれば、贈与税が非課税となる「暦年贈与」という制度を活用するとよいだろう。
「株式などの金融商品も生前贈与できますが、親には認知症になる前に売却できるものは売却し、現金化してもらったほうがいいと思います。クレジットカードも『家族カード』を発行することで子どもが使えることになりますが、元気なうちに解約しておいてもらったほうが無難でしょう」
注意したいのは、生命保険や医療保険など、被保険者が親になっている場合、親が認知症になると保険金や給付金を請求できなくなり、支払いが受けられないケースもあること。
配偶者や3親等以内の親族などをあらかじめ「指定代理請求人」にしておくと、いざというときに本人の代わりに請求できるようになる。
日常的な金銭管理(電気・ガスなどの公共料金の支払い、預金通帳や年金の管理など)には、市区町村の社会福祉協議会で扱う「日常生活自立支援事業」が使える。専門の研修を受けた生活支援員が、金銭管理や介護などの行政サービスを利用する際の手続き、日常的な見守りを行う。利用料は1カ月で1,000〜3,000円程度と比較的安い金額で利用できる。ただし、持ち家のリフォームや自宅を売却したお金で介護施設に入りたい、といった要望が出てくると、これらでは対応しきれなくなる。
特に不動産の売却は困難になることが多いそうだ。