雅子さまの恩人が死去…五輪への“皇室利用”を止めた東宮侍従
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7月4日、元東宮大夫で宮内庁御用掛も務めた野村一成氏がなくなった。81歳だった。
外務省出身で、雅子さまの父・小和田恒氏の部下だったこともある野村氏は、’06年4月に東宮大夫に就任。’11年7月まで6年にわたり、皇太子ご一家の側近トップの職を務めた。
この時期は雅子さまが適応障害で療養されており、公務に出席できない日々が続いていた。’06年8月には雅子さまのご静養のためのオランダ訪問を実現させるなど、雅子さまにとって野村氏はもっとも苦しい時期を支えた“恩人”といってもいい存在だ。
実は、野村氏が東宮侍従を務めていた時期に、五輪への“皇室利用”が問題になったことがあった。
東京が’16年の夏季五輪に立候補した際には、当時の石原慎太郎都知事が、皇太子だった天皇陛下を「招致の『旗頭』に」と協力を要請したのだ。
石原氏は天皇陛下と雅子さまに五輪招致組織の名誉総裁を要請する考えもあったという。
しかし宮内庁の野村一成東宮大夫(当時)は「招致活動の段階から関わることは難しい」「招致活動には政治的な要素が強いこともあるし、すでに決まった式典に出席されるのとは違う話だ」と、この要請を拒否した。
すると石原氏は猛反発し「宮内庁ごときが決めることじゃない。国家の問題なんだから。木っ端役人が、こんな大事な問題、宮内庁の見解で決めるんじゃない」と激しく批判するという騒動になった。
最側近である東宮大夫として矢面に立ち、天皇陛下と雅子さまを守った野村氏。両陛下は侍従を通じて弔意を伝えたという。
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