“70代の中学生”働きづめの10代から憧れた教室は「輝いとった」
現在は5クラスで、14カ国の16歳から88歳まで、138人が通学しています」
と、中田先生が教えてくれた。
「村田さんもいまではこんなに明るくしてはりますけど、入学するまでは相当、悩まれたそうです。入学当初も、とても緊張しているのが伝わってきました。お話もほとんどしなかったくらいです。皆さんそうですが、勉強するべきときにできなくて、いわば陰を背負って生きてこられた。それが学ぶことで変わるんですね」
■店のなかに身を隠して、通学する同級生のはしゃぎ声を聞いた少女時代
「生まれたのは母の実家があった大阪の西成です。その後すぐに下関へ行ったようです」
小3のとき、両親は離婚。大阪・西成の母の実家に戻ると生活は一転、苦境に立たされた。
母は再婚したものの、再婚直後に継父が脳卒中で倒れ、働けなくなった。その後、弟も妹も生まれて生活は苦しくなる一方だった。
村田さんは、いくつもの内職をして家計を支える母を自然と手伝うようになっていた。
「小学校も休みがちでしたが、先生が『卒業証書だけもらっときや』と言って、卒業式だけは出たのを覚えています」
中1の終わりに酒店に住み込みで働く話が出て、村田さんの中学生活は1年弱で終わってしまう。