「丁寧道」提唱する書道家・武田双雲の新たな挑戦「カリフォルニアに移住します」
「会社員を辞めた時点では具体的な目標がなかったので、1つだけ指針を決めようと思ったんです。その時は『丁寧道』という言葉は思いついておらず、初めは『楽しむ』という言葉でした」
湘南の海から歩いて10分ほどのアトリエでそう話すのは、12月1日に著書『丁寧道』(祥伝社)を刊行した書道家の武田双雲さん(46)。映画やドラマなど数多くの題字やロゴを手がけ、本誌で連載中の「シリーズ人間」の題字も’07年に武田さんが揮毫したものだ。現在は書道の枠を越え、絵画にも挑戦している。
そんな武田さんが“人生を楽しむ”ために辿り着いたという「丁寧道」。武田さんは書道家としての経験から、「他人の評価を気にしたり、自分の心が整っていなかったりすると筆も乱れ、何事もうまくいかない」と気づいたという。では一体どのようにして、そういったストレスから解放されるようになったのだろうか?
「まず、心身ともに健康で余裕があって、『機嫌がよい』状態であることが大切なんです。僕は自分の機嫌を良くするために、日常の動作一つ一つに『丁寧』を意識するよう心がけて、それを楽しむことを『丁寧道』と名づけました。
書道でしたら丁寧に呼吸を深めたり、墨を擦ったり。
モヤモヤした気持ちが拭えない状態というのは、誰しもあるでしょう。ですがそういった気持ちを抱えながらも、瞬間的に幸福感で満たされている時もありますよね。例えば、楽しみにしていたビールを一口飲んで『美味しい!』と味わっている時、その瞬間だけは日々のネガティブな思考は存在していない。ネガティブな時間を減らして幸福感を高めてくれるのが丁寧道の効用なのです」
武田さんが提唱する「丁寧道」とは、具体的に“所作を変える”ことが要になっているという。
「日頃、流れ作業で済ませている動作を、目や耳、舌などの五感をフル稼働させながら行うのです。例えば通勤中なら、電車の手すりの金具を持った時にひんやりした温度を感じてみる、料理を作るなら食材を包丁で切る時の感覚に意識を向けてみる。そうすることで自然と気持ちよさや楽しさが生まれ、心持ちも穏やかに整ってくるのです」
一つ一つの動作を「丁寧」に心がけることで、幸福度がアップするという「丁寧道」。
それは決して「ゆっくり行う」こととイコールではないと、武田さんは言う。「『丁寧』の反対は『雑』ですよね。丁寧な動作に、速いか遅いかといったスピードは関係ないのです。例えば、プロ野球選手の大谷翔平さんのスイングスピードは、とても速いですよね。でも、足の上げ方やバットの角度など、一瞬の時間の中でとても『丁寧』に判断しているのではないでしょうか。
『急がば回れ』という諺がありますが、作業などを早く終わらせようと焦りながら行う方がかえってミスをしてしまうこともあります。けれど、一つ一つ落ち着いて取り組む方が、精度も上がりますし着実に成果を出すことができるのではないでしょうか」
■ある女性の“涙”が人生の分岐点に
武田さんは大学卒業後、一般企業に就職したものの約3年で退社。その後、書道家として歩み出したが、きっかけはある女性の“涙”だった。
「当時、メモを筆で書いていたら、社内で噂が立ってしまったんです。それで、他部署の人たちから頼まれて書くといった機会が増えました。そんな時、ある女性社員から『名前を書いて』と頼まれて。彼女の名前を筆で書いてあげたら、泣いて喜んでくれたんです。
人が僕に感動して涙を流すというのは、それが初めての経験でした。それまで人から褒められたことも感動されたこともなかったので、衝撃的でした。そのような経験をもっと味わいたいと思い、すぐさま会社に辞表を提出してしまいました。結局、6カ月間くらい辞めさせてもらえませんでしたが(笑)」
衝動に駆られ、会社を辞めてしてしまうほどの体験だったと語る武田さん。
冒頭のように人生の指針を「楽しむ」にこだわった理由は、若かりし頃の苦い経験が影響していた。
「僕、小・中・高時代が全然楽しくなかったんですよ。勉強や部活など楽しいと思ったことがなくて、しょうがなくやっていた感じでした。辛くて、サボってはずっと逃げ続けていたんですよね。だけど、大学時代は友達もできてすごく楽しかったんです。
でも卒業して会社員になってみると、周囲の愚痴を耳にすることもあり馴染めなかったんです。どうにか楽しもうとしたのですが、昔の辛かった記憶がフラッシュバックしてしまい、できませんでした。通勤途中にお腹が痛くなったり、上司に怒鳴られたり、今思い返すと嫌な思い出ですよね。
そんな環境でも楽しめるようにと、メモを筆で書くなど自分なりに工夫はしていたんです」
■近い将来、家族でカリフォルニア移住を
新型コロナによる自粛期間中には、音声SNS「Clubhouse」でトークを始めたという武田さん。オンラインで繋がることにより、様々な人とのコミュニケーションを楽しんでいるという。
そんな武田さんが新たにチャレンジしてみたいことは、意外にも「弾き語りライブ」だと教えてくれた。
「僕はギターが好きで、いつもギターを弾いて歌っているんですよ。たまたま『LINE LIVE』で歌っていたら、毎回2,000人ほどの人が聞きにきてくれたんです。リスナーのリクエストを受けて、『なんだっけその歌?』って言いながらも必死で歌っていたんです。すると、ギターもだんだん上達して弾けるようになっていきました。一度、配信ではなく生ライブを開催しようとしたら中止になってしまったので、また挑戦してみたいですね」
さらに武田さんにはもう1つ、大きな計画が。
それは現在、高校1年生の長男が留学している米・カリフォルニア州へ移住することだ。
「海外移住は以前から計画していました。コロナの影響で行けなくなってしまったので、来年か再来年には家族でカリフォルニアへ移住しようと考えています。向こうにはアトリエもあり何度も行っているのですが、息子が先に行ってしまったので。海外で過ごしながら、世界中を駆け巡りたいですね」
海を越えても、武田さんの挑戦は続くーー。