「娘を捨てたことをずっと後悔されていた」美輪明宏偲ぶ瀬戸内寂聴さん
(撮影:御堂義乘)
「寂聴さんは99歳でしたから、あと少しで100歳だったのに……悲しいですね」
そう語る美輪明宏さん(86)。今年11月9日に亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(享年99)との思い出を振り返るーー。
■愛を貫き通した寂聴さんとはお互いに「双子じゃないか」って
昔から愛をまっとうされる方や、信念を貫き通す人物はいました。それがスキャンダルになったり、後世に伝えられるような伝説になることもあります。
たとえば、『花子とアン』のモデルになった柳原白蓮をはじめ、与謝野晶子や岡本太郎さんのお母さま、岡本かの子さんなどもそうです。政治家では、婦人参政権獲得運動を牽引した市川房枝さんのような“烈女”は、たまに現れます。
その流れをくむ方が、先日お亡くなりになった瀬戸内寂聴さんでした。
寂聴さんとは50年以上前に出会いました。
何かの取材で、私のマンションに、まだ無名だった寂聴さんがいらっしゃって、インタビューを受けたのが最初でした。
そのとき、三島由紀夫さんにファンレターを出されて、「ていねいなお返事が来た」と感動されていたことを今でもよく覚えております。
寂聴さんは私より13歳年上でしたが、モダニズムの時代、戦中、戦後をともに生きてきました。寂聴さんが東北で行った説法におじゃまして、一緒にお話をさせていただいたこともあります。
二人で長崎、東京でも講演会をやりました。同じ反戦派であるということだけではなく、思想観や価値観など、多岐にわたって考え方が似ているので「双子じゃないか」って言い合ったほどです。
寂聴さんは25歳のときに、3歳の娘と夫を捨てました。そして、夫の教え子だった若い青年と駆け落ちをしました。
後に娘さんとは仲直りをされましたが、寂聴さんはあの年になられても、ずっと「後悔している」と、罪の意識を持ち続けておられました。
私には「人助けは罪滅ぼし」だと、おっしゃっていました。
寂聴さんも愛を貫き通した人でした。罪滅ぼしだと思って、人々を恭敬し、各地で説法を行い、身の上相談をなさってこられた。ご自身がいろんな経験をされてこられたから、他人の気持ちもわかったのだと思います。晩年、安全保障関連法案に反対するために、国会前に抗議に行かれたこともありました。
“気骨のある烈女がまた一人いなくなった”ーー。そういう寂寥感が大きいです。
提供元の記事
関連リンク
-
new
【アベマ30時間】蒼井そら、初対面で抱かれた“芸能人”を生放送で暴露 カオスすぎる展開に「地上波じゃ無理!」
-
new
“夫のいない所”で嫌がらせする義母と義姉を【放置】してみた結果⇒「…悪かったわよ」まさかの事態を招く!?
-
new
【アベマ30時間】元ボイメン・小林豊、過去の万引き騒動をカメラの前で生謝罪「本当にたくさんの方にご迷惑を…」 反省の言葉の一方で…ド派手な衣装にツッコミの嵐
-
Snow Man・宮舘涼太、主題歌「SAVE YOUR HEART」の振りを示唆 “この作品でしか出せない色”表現
-
マレーシア移住の優木まおみ、5ヶ月ぶりの“生存確認ポスト”で近況「心配されてるようだったので…」