「3分クッキング」料理の先生明かす舞台裏「エプロンは100種類手作りです」
15年間、講師を務めた石原洋子さん
「最後の収録が終わって、お世話になった番組スタッフから名残り惜しそうに『もう、先生の料理が食べられなくなりますね』と言われたときは、寂しさが込み上げました」
こう話すのは、15年間『キユーピー3分クッキング』(月~土曜11時45分~・日本テレビ系)の料理講師を担当し、今年の3月11日に惜しまれつつ勇退した、料理家の石原洋子さん(75)。
「番組出演の話は、前任の方が辞められるということで、スタッフの方々が私の料理教室に見学に来られたことがきっかけ。当時は還暦を迎えたばかりで、お受けする際『2~3年は続けてくださいね』と念押しされましたが、あっという間に15年もたっていました。でも最後の出演回放送を見ても、次のアクションに移るたびに『はい』と言ってしまったり、『そうしまして』と何度も繰り返したり、しゃべりの悪いクセは抜けきらないまま終わってしまいました(笑)」
丁寧なレシピ解説が視聴者の支持を集めた石原さんだったが、画面には映し出されなかった苦労も多かったそう。
「『3分クッキング』ですが、実際には7分ほどあります。その短い時間で、誰でも同じようにおいしい料理を仕上げられるように、収録までには綿密な打ち合わせを重ねています」
■使う食材は数カ月前から石原さん自ら調達
まず、週ごとの講師がお互いに番組で取り上げる料理のレシピ案を持ち寄る、2カ月に1回の“献立会議”がすべてのスタート。
「肉料理、魚料理、豆腐料理などは必ず入れたいところだし、揚げ物は週1回以上にはならないように配分。一度で13品ほど考えていきます。
『先生、同じ料理やりましたよ』と言われることもありました」
収録前の打ち合わせでは、自宅にある大きなテーブルをスタジオに見立て、リハーサルする。
「たけのこを扱うときは、皮のついた状態から、皮をむき、カットして、ゆでるといった工程を随時確認。それをもとに、番組スタッフが台本を作ります」
内容が決定すると、次は食材調達に入る。この食材調達も、石原さん自らが行っていた。
「テレビの収録は実際の放送より2カ月ほど前に行うので、旬の魚や野菜の調達にはいつも一苦労。お世話になっている市場の方との『まだ出てませんよ』『それはわかっているんですけど、お願いします』というやりとりを、何度したことか(笑)。業者さんと信頼関係があるとはいえ、やはり現場に届くまでは、いつもドキドキです」
■食材は40人分になることも
番組では4人前を作るが、調達する食材は10倍の40人分になることも!
「たとえばフライパンで作るローストビーフのときは、肉に塩を振って、糸で縛って、片面ずつ焼いてーーと、工程ごとに準備しておかなければいけません。お肉は、400~600グラムの塊を10本ほど用意するのですが、工程によって大きさが変わるわけにはいかないので“直径が○センチ、長さが○センチ”と、サイズや形も細かく肉屋さんにオーダーしました。
このときは特別経費を出してもらいましたね。もちろん、常に食材は余さずスタッフでいただきます」
入念に準備を行っていても、トラブルに直面したことはあった。
「宅配便でタラを1尾、テレビ局に送ってもらったものの、広い局内で行方不明になってしまったことが。なかなか見つからず、みんなで局中を大捜索しました。なんとか業者と連絡がつき、伝票番号を教えてもらって無事に戻ってきたときはホッとしましたね。おから煮を作るのに、おからを持参するのを忘れてしまったときは、スタッフ総動員でスーパーに探しに行ってもらったんです(笑)」
こうした積み重ねを経て、ようやく放送を迎える。以前は、途中でカメラを止めず、生放送のように“1本録り”をしていたため、より緊張感があったという。
「ほとんどカメラを止めるような失敗はありません。
アジをおろすとき、ヒレの棘が刺さって血が出てしまったときくらいでしょうか。指に傷があったので、メークで目立たなくしました(笑)」
テレビである以上、おいしそうな見せ方も求められる。
「フレンチトーストやだし巻き卵は、できたてがいちばんふっくらするんです。ベストな状態を完成品としてご紹介できるよう、テレビには映らない私の横で、アシスタントが時間差で同じものをいくつも作って差し替えていました」
食中毒対策の呼びかけとして、生肉を触った後は意識して手を洗う姿を映すなどの工夫もあった。
そして、毎回着けている「エプロン」にもこだわりが!
「服は無地のものばかり着ていたので、エプロンは柄付きのものを選びました。15年で約100種類も用意したんです。たまに『どこに売っているんですか?』と聞かれることがありますが、私のアシスタントが布を買って作ってくれる一点もの。テレビでは下半身まで映らないので、布代を安くすませるために、じつは丈が短いんですよ(笑)」
番組が完成するまでには、一品の料理で7~8回も試作する。
「やはり“おいしい”と言ってもらうのが何よりの喜びですから、打ち合わせ段階で1~2回、雑誌掲載用の撮影段階で3~4回、そして本番前にさらに試作。雑誌掲載の段階では、調味料の分量調整にとくに気を使いました」
■“ひとつまみの塩”にこだわり続けた15年間
よきアドバイザーになったのが「ホテルオークラ東京」の元総料理長で夫の根岸規雄さんだ。
「いろいろアドバイスをもらってきました。とくに私は、味の決め手となる塩加減には強いこだわりがあります。塩はほんのひとつまみで、素材の甘味が増したり、味ががらりと変わるもの。それを発見するのも楽しみの一つだから、何度も夫に試食してもらうんです。夫には『そこまでするの?どれも味は一緒だよ』なんて呆れられることもありましたけど(笑)」
15年間“一品入魂”の姿勢で1000以上のレシピを紹介してきたが、体力の限界、そして若手への道筋も考慮し、番組勇退を決意したのだった。
「これからも、45年も通い続けてくれる生徒さんがいる料理教室を拠点に、健康でおいしい料理の追求を続けていきます」
ほんのひとつまみの塩で、幸せいっぱいの“おいしい笑顔”を紡ぎ出すために――。