西川美和監督が語る日本映画界の問題点「高いチケット代が作り手に1円も還元されない」
20年からのコロナ禍によって、興行面をはじめ、撮影休止や公開延期など大きな打撃を受けた日本の映画業界。しかし、邦画だけでは2021年の年間興行収入が2000年以降で歴代3位を記録するなど、復調の兆しを見せている。
そんななか、今年2月24日に『東スポweb』がアップした記事に掲載されたある映画監督の次の発言が大きな話題を呼んだ。
「映画では食べてないです。ほかの映像を作ったり、いろいろアルバイトしながらやってます。好きなことを仕事にして映画を作ってきたので、自分ではそれでよかったとは思ってるんですけど、後に続く世代が『日本で映画を作ることも悪いことじゃない』って思えるように、私たち世代以上が考えていかないと時期に来ているとは思います」
こう発言したのは、西川美和監督(47)。これまで監督した『ゆれる』(06年)や『永い言い訳』(16年)などで国内外問わず高い評価を受けている日本を代表する映画監督の一人だ。昨年2月に公開された『すばらしき世界』でも、3度目となるブルーリボン賞監督賞を受賞したばかり。
そんな名匠の西川監督の「映画では食べていない」発言は、ネットでは衝撃を持って受け止められることに。
そこで本誌は、西川監督にインタビューを申し込んだところ、メールでの回答を得た。最初に西川監督は、こう断りを入れた。
「“アルバイト”という言葉が一人歩きをして、本業とかけ離れた種類の労働を想像されてしまったとすれば、それは誤解です。取材時、記者さんに対しては、『あくまでも映像や文筆などの副業』と言い添えましたが、その部分は注目されませんでした 」
そして、「どういった副業をしていますか」との問いには、こう返答が。
「私が映画制作以外で収入を得てきた副業の種類は、映画以外のCM、PV、MV、テレビ等の映像の企画・演出、また文筆業が主です。ただし、本業に近い分野の副業で生計を保てている映画監督ばかりではなく、実際に様々な副業をしている映画監督もおられます。その点に関しては、また下記に追記いたします」
■映画製作にブランクが生じる理由
続けて西川監督は「映画では食べていない」という自身の発言について、詳しく明かしてくれた。
まず、自身の制作ペースが関係しているという。「私の場合、自身の映画制作ペースが4、5年に1本という間隔が空くことも理由の一つです。オリジナルで企画をたてようとしますと、そのためのリサーチ、取材、企画立案、脚本執筆で、2、3年かかることもあります。
その後はプリプロダクション・撮影・ポストプロダクションまでで約半年〜1年半。さらに宣伝活動、公開後のイベント出演、海外映画祭への出席などの行事を経ると、1本につき4年から5年は経ってしまっています。
複数の作品を同時進行させていく監督もおられますが、私の場合は一本ずつの作品にしか集中できない気質なので、このようなペースになってしまいます」
西川監督は「一つの作品にかかる長期間の生活を維持するためには、監督料+脚本料+印税だけではまかないきれず、合間に外部から委託されるお仕事をお引き受けしています」といい、こう続ける。
「ですが、数十秒のコマーシャルフィルムの制作でも3ヵ月以上費やすこともあります。パートタイム労働ではないので、その間は映画の企画立案や脚本執筆が中断されてしまい、ますます作品ごとのブランクが空いてしまうという循環です」
そして「仮に映画の出資者たちが、企画立案のためにある程度長期の生活保障や必要経費を担保してくれれば、もっと制作ペースが上がるかもしれません。
ただ日本の映画製作者は、企画開発や人材育成に投資したがらないですし、それに対する業界内での支援策も行き渡っていないのが実情です」と綴った。
■少ない監督料。しかし、印税にも期待できない
西川監督に映画監督の収入について聞くと、「日本の映画監督の監督料に最低賃金の規定はなく、作品ごとに発注元や製作委員会が定めた製作費に準じて、プロデューサーから提示されます」と返答が。しかし、国内外で高く評価される監督でも「商業性が低い」とみなされた場合は、予算を低く見積もられるというのだ。
「賃上げ交渉をすればいいと思われるかもしれませんが、何十億円の興行収入を上げて出資元の黒字が確実視できるような商業性の強い映画でない限り、全体予算の増額を監督からお願いするのは心理的にも難しいという状況があります。
自分の監督料を上げてもらうことによってスタッフの賃金が下げられたり、現場でできることが狭められていくのは避けたいので、提示額に従ってしまうのが通例です。キャリアの少ない若い監督ならば、『多額のお金を投じて撮らせてもらっている』という心理状態に置かれますし、なおさらのことだと思います」
さらに西川監督は、こう明かす。
「劇場公開される映画の著作権は出資元にあり、監督や脚本家には帰属しません。
劇場で映画を観てくれたお客さんが1,900円という世界的に見ても高額なチケット代を支払ってくださっても、監督や脚本家、広告塔になった主演俳優など、作り手たちには1円も還元されないのが一般的です。
また監督や脚本家、俳優やスタッフらが、製作費回収完了後の成功報酬契約を結んでもらっているケースは必ずしも多くはありません。さらに日本のチケット収入は、劇場や配給会社への分配比率が高く、作品の製作費を回収するにはよほどの商業的成功を収めなければ見込めないのが実情です」
作品がDVD化などされると、二次使用されたことによって監督たちには印税が入る。ところが西川監督は「契約上締結してもらっていないケースが少なくないとも聞きます。また時代の推移とともにビデオ、DVDソフトの売り上げが落ち込んでからは印税収入も低くなり、動画配信サービスの台頭により、レンタルビデオ産業も急速に衰退し、この10年〜15年くらいで監督、脚本家、原作者に支払われる印税額は全般的に下がっているのではないでしょうか」と綴る。そして、こう続ける。
「公開終了後のDVD売上の印税をあてにして、“低い監督料でも何とか製作時期は凌ぐ”というのがかつての実感でした。しかし“入ってきていたはずのものが入ってこなくなった”という感覚はあります。
サブスクリプションの配信により多くの方が過去作を観てくれる機会が増えたものの、配信に対しての作品販売額に対する監督や脚本家の印税率のパーセンテージは十分とは言えないと思います」
【中編】西川美和監督明かす監督専業で生活できないことの苦しみ「映画の価値が低いと思わされる」へ続く