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白内障で目が見えない象のアヌーラ 体調が悪い時は仲間の象に支えられた

女性自身
白内障で目が見えない象のアヌーラ 体調が悪い時は仲間の象に支えられた

鼻を頼りに暮らすアヌーラ



【前編】国内最高齢ゾウのアヌーラ三笠宮さまご夫妻の平和の願いを乗せてより続く

8月6日。77年前、広島に原爆が落とされた日だ。そんな日に多摩動物公園を訪れると、1頭の象が歓声を上げる子どもたちに囲まれていた。

象の名前はアヌーラ。国内最高齢のおじいちゃん象は、戦後、スリランカから日本にやってきた。平和と友好の象徴だ。白内障で目が見えないアヌーラは、それを感じさせないほど元気な姿を見せてくれる。そんなアヌーラは、さまざまな人と縁がある。
時に、アヌーラは彼らの願いを受け止めてきたーー。

「多摩動物公園には、アヌーラのほかに7歳年上のタカコと3つ年下のガチャコという2頭の雌ゾウがいました。とくにタカコはアネゴ肌で、ガチャコと仲がいい。若かったアヌーラは仲間に入れなくて、いつも放飼場の隅においやられていじけていましたね」

とは多摩動物公園の飼育スタッフの山川宏治さん(68)。19歳で飼育係になり、最初に担当したのがアヌーラだったという。

「初めて彼を担当したときは、早く覚えてもらおうと直接鼻までりんごを持っていったんです。今から思えば、それはとても危険な行為でした。詰め所に戻ったときに黙って見ていた先輩から『無鉄砲すぎる』とこっぴどく怒られました。
ゾウは頭のいい動物です。目の前で僕が先輩に怒られていたら、すぐに序列をつくって、今後は僕の言うことを聞かなくなる。先輩はそれをわかっていたからアヌーラに隠れて叱ってくれたんですね」

山川さんは、アヌーラが並ぶまで、国内のアジアゾウの最高齢だった井の頭自然文化園の「はな子」(16年に69歳で死亡)の最期を看取った。

アヌーラは、絵本の主人公になったこともある。78年(昭和54年)5月に、実際に起こったことが題材にした『ともだちをたすけたゾウたち』(教育画劇)だ。

作者で絵本作家のわしおとしこさん(89)が語る。

「その当時、多摩動物公園園長をしていた中川志郎さんが業務報告を見て、こんな話があるよ、と教えてくれました。病気になったアヌーラは、横になると再び起き上がれないかもしれないと不安に思ってか、一日中必死になって立ち続けていたというのです。
ふらふらになってアヌーラが倒れそうになったときに、不思議なことにタカコとガチャコがアヌーラを挟むように立って支え、3頭のゾウが塊になって1カ月近くも過ごしたというのです。ゾウの知能の高さだけでなく、仲間のために尽くす相互扶助の心を持っていることを子どもたちに知ってもらいたかったのです」

動物や動物園に造詣が深い作品を多く残しているわしおさんは、ゾウに対しては思い入れが強い。

「太平洋戦争の前、私の実家から歩いて行けるところに上野動物園がありました。そこには、ジョン、トンキー、ワンリーの人気者の3頭のゾウがいて、小学生だった私は、トンキーが後ろ足で立ったり、ジョンが鼻で旗を振ったり、ワンリーが子どもたちと綱引きをしているのを夢中で見ていました」

児童文学作家の土家由岐雄による童話『かわいそうなぞう』の主人公たちである。43年(昭和18年)に、戦況が悪化するなか《空襲によって動物園の猛獣が逃げ出したら危険だ。その前に猛獣を毒殺せよ》との命令が出された。

わしおさんが続ける。

「ヒグマやライオンは次々殺されました。
3頭のゾウは、毒入りの餌を食べなかったから、餓死させる方法しかなかったのです。肌はカサカサにひび割れ、あばらの浮き出たおなかになっても、餌をねだって芸をしていたといいます。『この次、生まれてくるときは、戦争のない世の中に生まれてこいよ』とゾウたちを送り出した飼育員は、その悲劇から半世紀近くたっても『今でもゾウたちに餌をねだられる夢を見る』と話していましたね。

実は、ゾウたちを地方の動物園に疎開させる計画もありましたが、動物ですら身を捨てたのだから国民も戦争に協力しろ、という戦意高揚のため、いわば見せしめのためにゾウたちは殺されたのです」

動物園にゾウがいることが、どんなに大切なことかーー。山川さんがこう語る。

「ウクライナの動物園では餌などの物資不足などの困難に直面しています。そこで飼われている動物たちを、いかに生き延びさせるかと私たちも尽力しないといけません。戦争は人間だけでなく動物にとっても不幸な状況に追いやられていきます。
動物園に行くとゾウに会える、キリンに会えるという当たり前のことが、どれだけ大切なことか感じてほしいですね」

■高齢でも食欲旺盛のアヌーラ。長い鼻を頼りに暮らしている

77回目の終戦記念日を迎えた日。強い日差しが照りつけるなか、アヌーラは今日ものんびり過ごしている。水場まで近づき、鼻先で泥をすくっては体に塗りかけ、暑さをしのいでいる。新しいゾウ舎は、アヌーラの足やひづめへの負担を軽くするために、厚さ2mほどの砂を敷き詰めている。

アジアゾウの飼育を担当している田口陽介さん(30)は、

「アヌーラは、17年に園内にあった別の施設から、このゾウ舎に引っ越してきました。当初は屋外放飼場が未完成だったため、しばらくお客さんは、アヌーラの姿を直接見ることはできませんでした」

野生に近い環境を整えた広い屋外放飼場が完成したのが昨年夏のこと。久しぶりに子どもたちに会える、今年は特別な夏休みだ。


現在、多摩動物公園には、アヌーラのほかに、アマラ(雌・17歳)、ヴィドゥラ(雄・15歳)の2頭のアジアゾウがいる。

「アヌーラは、とくに隣の部屋にいるアマラに対して優しくて、攻撃的な行動をしないですね。今では、一緒に餌を食べるなど、仲よくしています。繁殖もできればいいんですが、アヌーラは目も見えないし、雌に乗ろうという動きもないので、まあ、あわよくば……ですが、あまり期待はしていないですね」(田口さん)

ゾウの飼育は、かつては飼育係とゾウが同じ空間にいる「直接飼育」が主流だった。多摩動物公園では、13年から、飼育係は保護柵を間に挟んでゾウと接触する準間接飼育に。ゾウのストレスがなく、飼育係の危険性も低くなった。

「昭和の時代の飼育係はゾウに対する扱いも『このやろ、オレの言うことを聞かないか』という世界。飼育係はいつも手鉤という先端にとがった金属の棒を持ち歩いていたものです。
ゾウに直接触って飼育するのは危険でしたが、殺されても本望みたいに思っていました。その分、ゾウにとってもかなり負担になっていたわけだし、今の飼育方法は、年齢を重ねたアヌーラにとっても、過ごしやすい環境でしょうね」(山川さん)

餌は、好物のりんごのほかに青草や干し草、白樫の枝など1日100kgほど。

「高齢ですからビタミン類など栄養素で足りない部分を補うために、ペレットといわれる総合栄養食やタンパク質が豊富なアルファルファも。またキャベツはほかのゾウには水分が多くてあげていませんが、アヌーラはキャベツが好きなようで、毎日10kgほどあげています」(田口さん)

食欲は旺盛だが、動物園にいるアジアゾウの寿命は60年ほどといわれている。アヌーラだって、いつなにが起こるかわからない。飼育係の田口さんも、やきもきすることが少なくない。

「アヌーラは高齢ということもあり、ほかのゾウとちがって神々しいというか、なにか特別な空気感があります。なにを考えているのかわからないこともあります。いつも朝出社してゾウ舎に行くと、アヌーラはたいてい起き上がって、外に出たいようなそぶりを見せます。ところが、あるとき声をかけてもゾウ舎の電気をつけても横になったまま。『うわ~、これはいっちゃったかな』と思ったら熟睡していただけ。あのときはすごく心配しました」

暑さをしのぐように、大きな耳をパタパタと動かすアヌーラじいさんが、いたずらっ子のように見えた。

新しい施設や飼育方法に、高齢でしかも目が見えないアヌーラがなじめたのだろうか?

「最初は、ゾウ舎から屋外放飼場まで誘導しようとしても、進行方向に迷うことがありました。りんごをポトンと落として、その音と振動で方向を教えたら、アヌーラは短期間で覚えていました。それにしてもなにも見えない世界に飛び込んでいくなんて、自分はできませんからね。あの年齢にして、果敢にも長い鼻を頼りに一生懸命、新しいところに踏み出したんですよね」(田口さん)

■年老いたアヌーラから学ぶこと

89歳になるわしおさんは、今、夫と息子が眠る伊豆の海が見渡せる老人ホームで暮らしている。4年前には、アヌーラに会いたくて多摩動物公園に行ったという。

「鼻を杖代わりにして歩いているというから励まそうと思って。でも元気に歩いている姿を見て私のほうが元気づけられました。本当は野生にいなければいけない動物を閉じ込めているわけですから動物園は人間のエゴなのかもしれません。だからこそ、そこから多くを学ぶ覚悟が必要です。年老いたアヌーラから私たちは、たくさんのことを学ばなければいけませんね」

わしおさんは「どっちが長生きできるか競争よ」とアヌーラに声をかけて別れてきたという。

飼育係の田口さんがこんな話をしてくれた。

「目が見えないアヌーラは年相応に耳も聞こえなくなっていると思っていたんです。ところが、あるとき耳の近くでちょっと大きめの声を出したら、少し嫌そうな反応をしたんですね。それからは声を抑えても、きちんと聞こえているようです。聞こえないふりはするかもしれないけど、耳はそこまで悪くないのかなと思いますよ」
みんなアヌーラが大好きだ。目がほとんど見えないアヌーラだけど大丈夫。あの大きな耳にきっと届いている。「アヌーラ、頑張れ!」の声が。

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