再結成しないから!? YUKIの見た目とジュディマリの曲が風化しない理由
98年、『第12回ゴールドディスク大賞』時のYUKI
住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、毎日聴いていた音楽の話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’90年代”を振り返ってみましょうーー。
「ポップなサウンドに、切ない歌詞をのせ、少しハスキーな声でかわいらしく歌い上げたと思ったら、ちょっとやさぐれたような表情と声も見せる。『JUDY AND MARY』は、明るくポジティブな『JUDY』と、ひねくれてネガティブな『MARY』が混在するというコンセプトで命名されたといわれていますが、そうした二面性をボーカルのYUKIさんは見事に表現していたのだと思います」
そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(54)。
ジュディマリが結成されたきっかけは、プロミュージシャンとして活動していたベーシストの恩田快人が、深作欣二監督の映画『いつかギラギラする日』(’92年)に出演するため函館を訪れたこと。
「同作品にはエキストラとしてYUKIさんも参加しており、その後、YUKIさんから送られてきたデモテープの声に、恩田さんがほれ込んだのだとか」
’93年、『POWER OF LOVE』でメジャーデビュー。7枚目のシングル『Over Drive』(’95年)でブレークした。
「トヨタ カローラツーリングワゴンのCM曲に抜擢されたとおり、爽やかな疾走感が魅力で、今でも多くのファンに愛されています」
■再結成しないからこそ懐メロではなく伝説に
さらに、人気アニメの主題歌となった『そばかす』『クラシック』(ともに’96年)、『くじら12号』(’97年)とヒット曲が続いた。
「YUKIさん本人もファンだと公言しているレベッカの解散後は、’90年代を代表する女性ボーカルバンドとなりました。ほぼすべての曲の作詞をYUKIさんが担当。恩田さん、TAKUYAさんが作曲をしていましたが、徐々にTAKUYAさんの作る曲が増えていきました」
メンバー間に、さまざまな思いや葛藤があったと伝えられている。
「’98年に『紅白歌合戦』で『散歩道』を披露してから充電期間に。’00年に活動を再開させたものの、’01年1月に全国紙朝刊の全面広告で解散を発表したのです」
NHKの特集番組では、恩田が脱退する意向を示し、残り3人で継続することも検討されたものの、《他にもそういうバンドがあるけどカッコ悪い》(五十嵐公太)、《一人いないならもうないな》(YUKI)と、解散の経緯を告白。
「一般に、解散したバンドの多くは期間限定で再結成するなどしていますが、ジュディマリでは実現していません。だからこそ、当時の歌声がそのままファンの心に強く残っているのかもしれません」
【PROFILE】
牛窪恵
’68年、東京都生まれ。世代・トレンド評論家でマーケティングライターとして『ホンマでっか!?TV』フジテレビ系)など多数の番組で活躍
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