2023年3月20日 06:00
風吹ジュン 家庭崩壊の過去「53年会わなかった父」「子育てできなかった母」看取った人生訓
’18年のNHK連続テレビ小説『半分、青い。』の撮影で大阪に滞在していた風吹はそれまでの時間を埋めるように、父親が住んでいた奈良の病院へ幾度となく通ったという。父親が第二次世界大戦期、海軍航空隊に所属し、戦時中にゼロ戦のパイロットだったことも初めて聞かされたそうだ。そして父親が’21年、96歳で亡くなった気持ちを同誌でこう告白。
《だから、空に雲が浮かんでいると、『ああ、お父さんが隠れているんだな』と、思ったりして。そして、空を見上げては、幸せな気持ちになるのです。今では、母から父を奪った女性に感謝すらしています。母は最期まで彼女を憎んでいたけれど、その母が教えてくれたのは、人を憎むことは自分の人生を追い込み、辛い生き方に繫がるということ――》
■母から「今日から自分で生きて」と通達を
父親が不倫相手のもとへ去り、母親と一緒に富山で生活し始めた風吹。
だが、その時間も長くは続かなかった。風吹は13歳で、母親からも「養えなくなった」と“育児放棄”されていたと別のインタビューで語っている。《幼い頃に両親が離婚して、母に引き取られたものの、「今日から自分で生きていって」と通達されてしまい、兄のいた京都へ行って、保護者のないまま中学時代を送って……》(『婦人公論』’21年7月13日号)