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『栄光のバックホーム』主演・松谷鷹也 役作りで最大20キロ増量!「生き方を教えてくれる存在」人生変えた元阪神・横田慎太郎さんとの出会い

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『栄光のバックホーム』主演・松谷鷹也 役作りで最大20キロ増量!「生き方を教えてくれる存在」人生変えた元阪神・横田慎太郎さんとの出会い

松谷鷹也さん



「僕にとって慎太郎さんは、常に生き方を教えてくれるような存在です。本作を通じて慎太郎さんの生き方や色んな人に対する姿勢に触れ、率直に“かっこいいな”と感じました。人としての在り方を見習いたいと思っています」

真っ直ぐな瞳で、そう語るのは俳優・松谷鷹也(31)。現在、大ヒット公開中の映画『栄光のバックホーム』で、’23年7月に28歳の若さで他界した元阪神タイガース・横田慎太郎さん役を演じた。

横田さんは’13年のドラフト会議で2位指名され阪神に入団し、若きホープとして将来を嘱望されていた。しかし21歳のときに脳腫瘍が判明し、視力低下という厳しい後遺症に苦しみ、’19年9月に引退を決断。引退試合ではノーバウンドで本塁に返球した“奇跡のバックホーム”を披露し、大きな感動を巻き起こした。

映画『20歳のソウル』(’22年)や『明日を綴る写真館』(’24年)などの作品で知られる秋山純監督がメガホンをとり、横田さんの生涯と家族の絆を描いた本作。
松谷は秋山監督のもとで裏方スタッフとして働いていたときに、横田さん役をオファーされたという。

そんな松谷だが、横田さんと同じように自身もプロ野球選手を目指していた過去がある。

「小学3年生からずっと野球に打ち込んできました。父が元プロ野球選手ということもあり、ずっとプロを目指していたんです。学法福島高校では3年間の寮生活を送り、大学も推薦で進学しました。でも半年くらいで肩を痛めてしまい、地元の病院で診てもらったのですが、手術をして1年くらいリハビリをしないと回復するのは難しいと言われてしまって……。自分ではリハビリ生活が想像つかず、メンタル的にも保つことができないと思ったので、野球を辞める決断をしました」

大学も辞めてしまった松谷は実家に戻り、しばらく引きこもり生活を送ることに。そんななか、4歳年上の兄から勧められたあることがきっかけで、俳優という新たな道を見出した。


「ずっと野球しかやってこなかったので、何をすればいいかわからなくなっていました。落ち込んではいなかったのですが、自分の将来に迷いを抱えていたときに兄から、『そんなに引きこもっているなら、仮面ライダー見たら?』と勧められたんです。僕は『仮面ライダー』を見たことがなかったのですが、『仮面ライダーカブト』を見てめちゃくちゃかっこいいなと感じて。単純に、仮面ライダーになりたいという気持ちから、芸能界に入ってみようと思い、前向きに行動するようになりました」

積極的な行動力は、横田さんを演じる上での役作りにも生かされたようだ。

「一番頑張ったのは体作りですね。慎太郎さんの性格については、人によって関係性も違うでしょうし、さまざまな見方があると思うんです。でも、“体が大きい”というのは誰が見ても共通しているポイントだと思ったので、プロ野球選手に見えるように説得力を持たせたいと考えました。慎太郎さんをリスペクトしているので、慎太郎さんより細いなどイメージとかけ離れたビジュアルは避けたかったですね」

プロ時代の横田さんは身長187センチ、体重94キロという大柄な体格だったことから、横田さんに近づけるようにトレーニングに励んだという。


「慎太郎さんの実際の体重に合わせて、高校時代は84キロ、プロ時代は94キロという風に増量していきました。体重は最大で20キロくらい増えましたが、闘病シーンでは短期間で減量する必要があったので、食事制限などシンプルな方法で調整しました」

■「大切なことを気づかせてもらった」鈴木京香と共感し合った横田さんの“金言”

そんな松谷が横田さんと初めて顔を合わせて会ったのは、新型コロナによる行動制限が緩和された後だった。

「それまではずっとリモートでお話しさせていただいていたのですが、コロナ禍が明けて慎太郎さんの地元である鹿児島でようやくお会いできました。大好きな慎太郎さんに会えることを楽しみにしていたので、“やっと会えるんだ”と感激しましたね。僕から“今の目標は何ですか?”と質問したら、『病気になってから本当に色んな人に助けてもらったので、自分と同じように病気で苦しんでる人たちの助けや支えになることが今の目標です』という風におっしゃっていて。講演会の活動なども本当に一生懸命されていて、僕も講演会に行かせていただきました」

今年9月26日に甲子園球場で行われた阪神対中日戦では、母・まなみさん役を演じた鈴木京香(57)とともにファーストピッチセレモニーに登場した松谷。横田さんの背番号だった「24」のユニフォームに身を包み、横田さんから譲り受けたグラブで投球に臨んだ。その際には、鈴木と秋山監督と一緒に甲子園球場の歴史を伝えるミュージアム「甲子園歴史館」も見学したという。


「阪神の選手が入団したら、色紙にサインとひと言を書く文化があるらしく、保管されていた慎太郎さんの色紙を特別に見せてもらったんです。慎太郎さんのサインの右上には、『日々成長』という言葉が書いてあって。それを見て、僕と京香さんは『亡くなった後も色々教えてもらっているね』『これだよね』みたいな話になって。僕らの中ではいま、『日々成長』がテーマといいますか。役者としても人としても、毎日少しでも成長したいという思いがありますし、慎太郎さんに大切なことを気づかせてもらったと感じています」

横田さんの“金言”を共感し合ったという松谷と鈴木。そんな2人はカメラが回っていないところでも、親子のような関係性を築いていたようだ。

「京香さんとは、撮影に入る1週間前ぐらい前に衣装合わせで初めてお会いしました。その時からすでに、僕を本当の息子のようにフルオープンな感じで接してくれたので、僕もすぐに“お母さんだ”と思えました。
とはいえ、僕は京香さんに対してかなり緊張していたので、“話してもいいのかな?”といった遠慮はありました。京香さんも僕が緊張していたのを察してくれていたようで、車の移動で一緒になったときには、“他に何かやっていたの?”“何か趣味はある?”というように話しかけていただきました。とても嬉しかったし、ありがたかったです」

横田さんを「慎太郎さん」と親しみを込めて呼び、インタビュー中も横田さんのグラブを大事そうに傍に置いていた松谷。最後に今後の目標や挑戦してみたい作品を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「この4年半ぐらいずっと本作のことしか考えていなかったので、どんな作品に挑戦したいかは、正直まだイメージが湧きません。でも僕は、チャンスがあれば何でもやりたいという気持ちでいます。本作のように苦しんだり、悩んだりしている誰かの背中を押せるような作品にまた出会えたら嬉しいですね」

“人生の師”と仰ぐ横田さんを演じた経験は、人生の飛躍へとつながるはずだ。

ヘアメイク:川上ひかり
スタイリスト:船橋愛加
写真:谷口雄介

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