「“教育の森”で死んでいけたら理想」義家弘介 政界復帰は「0%」と断言!明かした引退後の“使命”
法務副大臣時代の義家氏(写真:時事通信)
「自分にしかできないことがあるんだとしたら、教育で恩返しがしたい」
こう話すのは、’25年3月末に政界を引退し、約18年にわたる政治家人生に幕を下ろした義家弘介氏(54)。最近は、政治家時代とは打って変わった“ワイルド”なビジュアルも話題になるなか、どのような”第2の人生”を歩んでいるのか、本人に話を聞いた。
’05年に横浜市教育委員に就任し、’07年から政治家に転身した義家氏。裏金問題で自民党に逆風が吹いた’24年10月の衆院選で議席を失うまでの約20年間、教育の改革に身を捧げてきた。
「最初に出馬したときにも、『”教育という名の森”に救われた人間だからこそ、再生するために私は国会に挑戦します』と伝えました。そして、『それを成し遂げた暁には、再び教室に戻ります』と言っていたんですよね。その期間を初めは10年と設定していました。
でも、そんなに簡単ではありませんでした。
横浜の教育委員になってから結局20年、一心不乱に取り組んで、掲げた改革案をすべて成し遂げ、ようやく政界を引退して現場に戻ってこられたんです」
義家氏は、親の経済事情で進学を諦めなければいけない子どもを救う「給付型奨学金」や、少年院を”無職”ではなく”高校生”として出院できるための少年院内での「通信制高校編入学制度」の創設など、数々の教育改革を実現させた。
現在は、神奈川県の久里浜少年院と横浜刑務所で篤志面接委員としてボランティアで面談や講談を行っているという。
「もともと法務副大臣のときに日本中の少年院を回っていました。少年院には法務教官がいますが、彼らは更生を導く指導者であると同時に、出院の可否を判断する評価者でもあります。少年たちは『反省の色を見せなければここから出られない』という制約の中にいるため、大人に対してどうしても本音を隠し、偽りの自分を作り上げてしまうんですよね。
そんな彼らにとって利害関係もない私という存在は重要ではないかと思います。要は、私にはどんな本音や感情を言ってもいいんですよ。私も言葉を選ばずに彼らに対して真正面からアドバイスできる立場なんです。
先日も非常に苦しみ、問題を抱えている一人の少年と2時間半、膝を合わせて対峙しましたが、最後は『こんなに本音で話したのは何年ぶりです』と言って、涙を流してくれました」
今の少年院にいる若い少年たちは一斉を風靡した「ヤンキー先生」を知らない世代だが、義家氏のことはどう受け止めているのだろうか。
「実は、少年院には私の最初の著書『不良少年の夢』(光文社)が置いてあるんですよ。それで『こういう先生来るよ』と本を渡された子たちが興味を持ってくれるんですよね。そして何より、彼らと関係がうまくいっていない保護者たちがちょうど世代なので、安心してくれるんです」
振り返れば義家氏の原点は、暴力事件によって高校を中退した後の編入先となった北海道の北星学園余市高校だった。そこで恩師と出会い、高校を無事卒業。明治学院大学法学部法律学科に進学し法曹を志すも、大学4年生の秋にバイク事故を起こし生死を彷徨った。
「自損事故で複数の内臓が破裂、意識不明の重体になりました。その際、高校時代の担任の先生が北海道から横浜の病院まで駆けつけてくれ、『あなたは私の夢だから、死なないで…』と励ましてくれて、『先生のような教師になりたい』と決心しました。
だから、政界引退後の今に”第2の人生”が始まったわけではないんです。『教師になりたい』と決心したあのときから”第2の人生”は始まっているんです。私にとって政治家って職業ではなくて、一教員が教育改革のために政治の世界で踏ん張ったっていうのが1番しっくりくるんです」
義家氏は現在、少年院でのボランティアを行うと同時に、全国にサテライト校を構える広域通信制高校「松陰高等学校」の特任教諭として子どもたちと向き合っているという。4月からは大学でも授業を持ち、「学生と向き合う時間をたくさん作る予定」だと嬉しそうに話す。
「自分が子どもたちを救えるなんて偉そうなことは全く思っていません。でも、あれだけ挫折して、何もなかった自分が、今こうして生きている。そして、国民から議席を預かれるまでになった。さらに言えば、大学の教授として学生と向き合えるようになった。
それだけでも、1つの小さなきっかけとして『義家程度が頑張れたんだから、自分だって頑張れば』という感じになってくれたら嬉しいなって思いますね。これからは、自分が救ってもらった”教育の森”という元の場所に戻って、その場所で死んでいけたら理想ですね。子どもたちは常に変わっていくから、やっぱり彼らと向き合って、何らかの光を、熱を与えられるように、自分もその変化に対応できるような成長を続けたいです」
政界復帰の可能性は「0%」と断言する義家氏。ヤンキー先生は再び“母校”に帰ったようだ――。