「驚くべき卑怯者」中道落選議員 ヒアリング会欠席の安住淳氏を激烈批判…清算求められる“惨敗のツケ”
安住淳氏(写真:時事通信)
2月28日、中道改革連合は惨敗を喫した衆院選での落選者から意見を聞くヒアリングの初回会合を実施した。
党の再生に向けて厳しい意見が飛び交うことが予想された同会合で、とりわけ激しい怒りを露わにしたのが、愛知10区で落選した藤原規真前衆院議員(47)だ。
都内の党本部でオンライン形式で午後1時に始まり“時間無制限”で行われたヒアリングには、約170人が参加。小川淳也代表(54)や階猛幹事長(59)ら現執行部メンバーのほか、野田佳彦氏(68)と斉藤鉄夫氏(74)の前共同代表2人も出席した。
同ヒアリングに参加した藤原氏は、会合の様子を自身のXで逐一報告。野田氏による「(党内の)手続きの丁寧さを欠いたのはあまりに急な解散だったから」との釈明などを“経過”として伝えた。
しかし、報告内容は徐々に批判の色を帯びたものになっていく。
《安住淳氏、馬淵澄夫氏は出席せず。
主催者が認める》(午後2時13分、日付は以下全て28日)
《安住氏雲隠れにつき強い指摘をする者あり》(午後2時21分)
《(野田氏発言) 馬淵氏優遇は「私の責任」「誰からの要請ではない」判断過程は示されず。 「責任」と言えば逃げ切れると考えている旨邪推してしまう。》(午後2時35分)
そして、一連の報告を終え、午後4時2分に藤原氏はこうポストした
《安住淳氏は驚くべき卑怯者だ》
中道改革連合の結成を主導し、共同幹事長を務めた安住淳氏(64)は、これまで盤石な地盤を築いていた宮城4区で自民党の森下千里氏(44)に惨敗し、比例復活もできず落選。投開票日の夜に予定していた都内の開票センターにも現れず、一部からは”逃げた”という批判も受けていたが、今回のヒアリングに姿を見せなかったことで再び”逃げた”と名指しで指摘された形だ。
藤原氏は衆院選直後の2月13日にもXで《立憲民主党の衆議院側を潰した1月15日の両院議員総会で、不安を吐露する質問をした議員に怒鳴りながら精神論を申し向けた安住淳氏》と暴露し、《結果が出たあと姿を見ない》と、安住氏の”逃げ”の姿勢を批判しており、禍根は残り続けている様子。
なぜ、安住氏はヒアリングの場を欠席したのか。全国紙政治部記者はこう分析する。
「公明党と立憲民主党を合体させるという大博打に打って出たものの、172議席から49議席への転落という歴史的大敗を招いた中枢の一人が安住氏です。
しかも、最大の悲劇は、比例上位枠を旧公明党候補が独占したことで、”惨敗のツケ”のほぼすべてを旧立憲民主党出身の候補者が背負わされる形となりました。敗戦の責任を負うべきトップが、敗兵を前に姿を見せないのでは、不満が生じるのも無理はありません。
責任を感じているからこそ“合わせる顔がない”という部分はあるかもしれませんが、党を壊してまで勝負に出た張本人が、負けた途端に表舞台から姿を消すという無責任な姿勢では藤原氏のような敗れた若手・中堅の怒りもおさまるどころか、むしろ増幅してしまうでしょう。もし安住氏が次を見据えて動くなら、今こそ泥をかぶってでも批判の矢面に立つべきでした」
今回のヒアリングでは、安住氏に対してヒアリングの対象者として党からの案内は出ていたものの、「(出席するよう)打診はしていない。現職の方ではないので、今回は控えた」と階氏は話している。
議員会館からの退去を報告した2月13日以降、Xの更新が途絶えていたが、28日に立憲民主党宮城県連の常任理事会に姿を見せた安住氏。今後については「まだ考えていない」と語っていたが、果たしてリベンジを果たしに動くのか――。