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「本当に申し訳なかった」東国原英夫氏 “政治家戻らない”宣言の数カ月後に県知事選出馬を表明…本誌に語った“翻意”の理由

女性自身
「本当に申し訳なかった」東国原英夫氏 “政治家戻らない”宣言の数カ月後に県知事選出馬を表明…本誌に語った“翻意”の理由

東国原英夫氏(東国原英夫の公式Webサイトより)



「宮崎県知事への出馬を表明した東国原氏ですが、現在、政治関係者の間では『東さんは“政治家に戻る気はない”と言っていたはずでは』と疑問の声が上がっています」(全国紙政治部記者)

元宮崎県知事でタレントの東国原英夫氏(68)が4月9日、来年1月に任期満了を迎える宮崎県知事選挙への立候補を表明したことが話題を集めている。だが、この“電撃出馬”に首をかしげた関係者は少なくなかった。なにしろ、わずか4カ月前――本誌の直撃取材に対し、本人はこう断言していたからだ。

《ノープランですね。今後は外野的な立場で政治をウォッチしていこうと思っています。プレイヤーに戻ることはもうないと思います》(本誌 ‘25年12月25日配信)

この数カ月での“前言撤回“の裏には、いったい何があったのか。再び本人を直撃すると、恐縮そうに口を開いた。

「当時はまだタレント業やコメンテーターの仕事をしておりまして、昨年末の段階では明言ができない事情があったものですから…。
実は地元紙にも同じ答えをしていたのです。嘘をつこうとしたわけではなく…本当に申し訳なかったと思います」

歯切れの悪い説明の裏には、“テレビ業界特有の事情”があったという。テレビ局関係者が明かす。

「『政治的に公平であること』が放送法で定められているテレビ業界では、出馬を表明した出演者は番組から外れるのが暗黙のルール。つまり“政治の道に進む”と言明した場合、タレントとしてはもうテレビに出られないということになります」

東国原氏も今回の出馬にあたり、テレビの仕事から一旦身を引く覚悟を固めたという。その決断を後押ししたのは、故郷・宮崎の厳しい現実だった。彼は本誌にこう続ける。

「’22年12月の知事選に落選してから、タレントとして県内の観光地や特産品をテレビやYouTubeで発信してきたのですが、県内をくまなく回るうちに衰退が止まらない故郷の姿を目の当たりにしました。
宮崎県は九州でも突出してGDPが低いんですよ。この景気・経済の部分だけはどうにかしたい。

以前から県内を回っていると県民の皆さんから『また選挙出てくださいよ』という声はずっといただいていたんです。外から見ているだけでは変えられない部分はやっぱりあるんだなと思い、今回の決断にいたりました」

■「10年という長期計画で県改革を練っています」

3度目の挑戦に当たり、心強い身内の支えもある。前妻で女優のかとうかず子(68)との間に生まれた長男の加藤守さんだ。前回の知事選では大手企業を辞め、父の選対で政策を担う“参謀役”として奔走。現在は宮崎県に移住して地域の活性化に尽力するなど、父と同じ志を持っている。

昨年の本誌の取材に対し「息子のほうが(選挙に)出るかも」と答えていた東国原氏だが、今回は一転して“親子タッグ”での戦いを決めたようだ。


「当選後の息子の人事は白紙ですが、今は仕事を一生懸命手伝ってくれています」

もっとも、県民の視線は決して甘くはない。‘07年の初当選時、「どげんかせんといかん」のフレーズで一世を風靡し、支持率90%超という圧倒的人気を誇った東国原氏。だが、その後わずか1期で退任し国政に転身したことを「裏切られた」と感じた県民は少なくない。宮崎を踏み台にしたのか――そんな不信感が、前回選挙の敗北の一因とも指摘されていた。その懸念に対し、本人は強く言い切る。

「10年という長期計画で県改革を練っています。1期で辞めることは、まずありえません!」

次期知事選には、現職の河野俊嗣氏(61)、元県議の右松隆央氏(57)も出馬を表明している。宮崎の行方を左右する戦いの火ぶたが、いま静かに切って落とされる。

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