越冬後なのに丸々と太ったクマが…第一人者が警鐘、被害増加する「アーバンベア」の“恐ろしい進化”
ツキノワグマ(写真:FURIMAKO/PIXTA)
「クマの“アーバンベア”化が進んでいるなか、被害が落ち着くまでは、最低でも10年はかかると思います」
こう深刻さを語るのは、『家に帰ったらクマがいた』(PHP新書)などの著書があり、50年以上にわたってクマの生態を調査してきた、日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長だ。
4月7日、環境省は2025年度の全国のクマによる人的被害の速報値を公表した。全国のクマ被害者は238人で、うち死者が13人。それまでもっとも多かった2023年度の記録を大幅に上回る、過去最悪の被害となった。
しかし、クマ被害はさらに拡大することが懸念されている。冬眠明けでまだ山にいるはずのクマが、今年も市街地で目撃されているのだ。しかも昨年よりハイペースになっており、東北各県の4月のクマ目撃件数は4倍近くに。そのため、各県が住民への注意喚起で運用しているクマ出没警報・特別注意報は4月30日までに6県全てが発表し、いずれも過去最速となった。
特に衝撃的だったのは、福島県郡山市のJR郡山駅から約3キロ西の住宅地で4月6~8日に現れたクマや、4月17~19日、宮城県仙台市の中心部、県庁近くの市街地に現れたクマの事例。山林から程遠い市内に、なぜクマが出没しているのだろうか。
■今年のクマは、市街地近辺で“越冬”した個体
これまで3000回以上クマに遭遇し、9回襲われた経験もあるという米田所長が解説する。
「これまで半世紀以上クマを見てきましたが、今年出没したクマは、これまでとまったく異なっています。とくに宮城県仙台市や福島県郡山市の中心部で4月に目撃されたクマは、山から移動してきたのではなく、市街地近辺で“越冬”した個体である可能性が高いのです。仮に山から下りてきたのであれば、仙台市ならば山間地帯の蔵王、郡山市ならば猪苗代周辺から歩いてきますが、中心部までは30~40kmほどの距離があります。今回のように体長150cmを超える個体が、その途中で目撃されずに、突然市街地にあらわれるとは考えにくいのです」(米田所長、以下同)
米田所長は、クマの“アーバンベア”化がいっそう進行していると指摘する。アーバンベアとは、山林から市街地や住宅街に下りてきて定着・出没する都市型のクマのこと。
本来は臆病なクマが人里の食べ物の味を覚え、人間を恐れない状態になっていることが問題視されている。
「かつては、母子のクマが市街地に出没し、母クマだけが駆除されて、残った子グマがそのまま住みついてアーバンベアになってしまうケースも頻発していました。しかし現在は、成獣から子グマまで、多様な階層が市街地に定住し、山林のクマと同様に社会構造を形成しつつある段階なのです」
そして、これからの時期もっとも警戒が必要な理由として“クマの繁殖期”が挙げられる。
「6月は、クマの繁殖期です。一昔前は、夏は山の中へ山菜を採りにいった人などが、緊張感が高まっているクマと遭遇して、重大事故になるケースが大半でした。しかし、繁殖期をむかえるのは、市街地にいる“アーバンベア”も同様です。よりナーバスになっている成獣が身近に存在するため、市街地での人身事故のリスクが、かつてより顕著に高まっていると言えるでしょう。
さらにもう一つ心配な点があります。
通常、クマの越冬後は、体重が2〜4割減ります。脂肪が落ちて、皮がだぶだぶに伸びきっているものですが、今年の春に市街地で目撃されたクマは皮にハリがあり、体重100kg超えの成獣ばかり。丸まると太っていました。理由の一つに、北海道や東北の暖冬の影響で、冬眠中のエネルギー消耗が少なかったことが考えられます。これはつまり、“元気な状態で活動を開始している”ということ。例年以上に活発な行動が見込まれるのです」
「クマ外傷」に詳しい秋田大学医学部救急・集中治療医学講座の中永士師明(なかえ・はじめ)教授は、過去、本誌の取材に対し次のように解説していた。
「クマ外傷患者で、傷を追った身体の部位は、顔面が90%を占めており、顔面骨骨折、眼球破裂などもありました。頭部(60%)では頭蓋骨骨折、硬膜下血腫なども。
クマ外傷が顔に集中するのは、動物の習性で、相手を威嚇するために、自分を大きく見せる習性があり、クマも立ち上がって、鋭い爪のある手で払おうとする。ちょうどその位置が人の顔あたりなのでしょう。その後、牙のある口を使って、人の顔を噛んでいきます。クマによる傷は想像以上に深い。たとえば、クマの一撃で鼻など顔の一部が離断された際にも、それを持って帰れば、再建される可能性があることも知ってほしい。ただし、眼球が破裂したり飛び出したりして失明してしまうケースは、今の医学では治せません」(中永教授)
命の危険に加え、生涯残るような大怪我を負うかもしれないと思うと恐ろしい――。
では、昨今の被害状況を踏まえて、対策はどのように取られているのだろうか?引き続き米田所長に伺った。
■アーバンベアに特化した対策が急務
各自治体が行っている対策を見ると、人とクマの生活圏を分ける緩衝地帯の整備、柿や栗の木といった放置果樹の対策など、「クマが市街地に出没しにくい環境づくり」が中心。
それらの基本的な対策に加え、アーバンベアに特化した積極的な対応策が急務だと米田所長は話す。
「人に慣れたアーバンベアを優先的かつ徹底的に捕獲・駆除することが、今年の被害抑止において喫緊の対策です。たとえば、昨年被害が多かった秋田県秋田市は、秋田市上北手地区の川沿いの緑地などが、クマの市街地への侵入経路になっています。クマの市街地への主要侵入経路を特定し、そこに常設のワナである『捕獲ステーション』を配置し、常時稼動させること。出没のたびに捕獲ワナを設置するのではなく、市街地に入ろうとするクマを効率的に捕獲して、定住化を防ぐことが大切です」
さらに、クマ被害対策は、県内で完結できる体制を整備することが必要だと続ける。
「市街地のアーバンベア対応は、民間のハンターが行うのではなく、行政が担う『公の執行』として実施すべきです。他に仕事をもっていて、ある意味、本来は趣味団体として所属している民間のハンターが市街地で活動するとどうしても軋轢が生まれます。警察や行政、さらには退職警察官や自衛隊OBなど『県内の人材』を活用して、専門部隊を組織して、山は民間ハンターに任せて、市街地のアーバンベアは行政が取り組むべき。
明確に役割をわけた対応が不可欠だと考えています」
宮城県仙台市のような人口100万人都市にクマが出没するのは、世界的にも日本だけ。クマの脅威が迫り緊張が高まる中、アーバンベアへの対応策が急がれる。