「ベタベタするだけが家族じゃない」永作博美 “女優と母”両立の葛藤を経て…たどり着いた2児との“自然な距離感”
桜が満開の日に取材(撮影:高野広美)
【前編】『時すでにおスシ!?』主演・永作博美「いつ辞めてもおかしくなかった」やる気なし若手時代を変えた“成功体験”から続く
現在、放送中の火曜ドラマ『時すでにおスシ!?』(TBS系、毎週火曜日22時~)で主演を務める永作博美さん(55)。茨城県の自然のなかで、のびのび育った幼少期。しかし、16歳になると、母から突然家事を任されるように。当時は反発したが、その後女優として、そして母として奮闘するうちに、心のなかに変化が生まれたそう。
「私に“感情”というエネルギーを与えてくれているのは、つねに家族なんです」
日本アカデミー賞をはじめ数々の賞に輝き、映画やドラマの主軸に欠かせない顔となった永作さんは、2人の子宝にも恵まれた。
「喜び、悲しみ、寂しさ……人間にはいろんな感情があり、私たちはそれで生きている。私はすべて家族から教わってきました。芝居に大きく反映しているし、家族を知らずにきていたら、こんなにいろんなお芝居ができていなかったと思います」
永作さんの「すべて家族から教わってきた」という言葉には多くの意味が込められている。
「なにもベタベタするだけが家族ではないと思います。ウチの場合、そのときどきの“距離感”というものが大事でした」
彼女は小首をかしげるように、「まだ乳飲み子のころのことでした」と、第1子が乳児だった当時の出来事を振り返る。
「子どもが流行性の高熱を出したんですが、私は映画賞の授賞式が入っていて、どうしても穴を開けられませんでした。それで幸い家にいた夫に看病を任せたんですね。そのとき『ああ、いま私は仕事を選んだんだな』と。『ああ、そういうこともあるんだな、どうしようもないことって、あるんだな……』と漠然と思ったんです。もちろん子どもを看病したいんですよ。でも行かなければいけないと思って、覚悟したんです」
その覚悟とは「私は働く人だ」という自覚で「自分に言い聞かせるものでもあった」という。
「女優をしている私には、代わりはいないんだということ。そしていま、熱で苦しんでいる子どもを置いて、仕事に行くということは『今後も、そういう選択をしていく場面があるんだろうな』と。そのとき、一人で仕事に向かいながら、ドーンと重い気持ちになったのを思い出します」
ひとくちに育児と仕事の両立を図るといっても、そう単純に割り切れるものでもない。その後、第2子が生まれると、さすがに、仕事量をセーブせざるをえなくなった。
「内心『やっぱり仕事は難しいかな』と思いながらも、できる仕事の最大限とは何かと考えた。夫に任せられる部分と、母の私にしかできない部分があるので、その当時お受けできる仕事を、なんとか、続けてきました」
保育施設に迎えに行くのが時間ギリギリになり、待たせてしまうことも。そんなとき、子どもにはこう説明したという。
「お仕事をしているお母さんは、すぐに迎えに行けないこともあるんだよ。
遅れることがあっても、絶対迎えに来るから、先生と一緒にいてね」
すると、幼いながらも「うん」と、うなずいたそうだ。
「わからないながらも、わかろうとしてくれているんだなと思いました。そんなふうに、やりくりして、なんとか両立してきました。それでも仕事に100%注げる環境なんて、とてもつくれませんでした」
それが、この14年間の永作さんの葛藤であり、家族の真実だった。
「そういう経験を多少、繰り返してきたおかげで、子どもたちも、『この人(母親)は仕事をする人なんだな、仕事を持つお母さんなんだな』って、わかってくれた気がします。そして少しずつ“自然な距離感”ができたと思う。ベタベタしていなくても、『一緒のことを思っている』と共有できるだけで、安心できると思います」
そんなふうに距離感をはかり、覚悟してきた彼女に届いたのが、14年ぶりの民放連ドラ主演のオファーだったのである。
「夫に話すと『よかったね!』と祝福してくれたんですが、次には『大丈夫?』と。
『家でバタバタしている状態を、世に出しちゃっていいの?』という意味でした」
永作さんは、したり顔だった。仕事を制限して家族と向き合ったということは、演技(=仕事)に不可欠な“感情”を、たっぷり蓄積できたことになるからだ。
■子育てするうちに自然と芽生えた母への感謝
ドラマ『時すでにおスシ!?』では“子離れした母”を演じる永作さんだが、彼女自身の「子離れ」はどうなのだろうか。
「私は、ぜんぜん大丈夫ですよ。子どもは子どもの人生ですから、好きにしてくれればいいと思う」
最近あった出来事を、目を細めながら話す。
「上の子が、自分から『ご飯を作りたい』と言い出したんです。だから私は『包丁も使っていいよ』と。もう大人の入り口に片足を突っ込みましたから、やらせようと思っています」
それはまさに、永作さんが16歳で母から受け継いだものを、伝承するかのよう。
「はい。様子を見ながら、少しずつ教えています」
最近教えたのは「ゆで卵」だ。
「『黄身がトロトロの、いい感じのところで作りたい!』と言うほど、卵に対するこだわりが強いので、『面倒くさいこと言うなあ~』と思いつつ、一緒にやってみながら『まだ、これじゃない!』とか言い合って……」
一方、2人目の子とのスタンスもユニークだ。
「下の子は、まあ、おしゃべりなんです。いろんなことを聞いてほしい人で、私の帰りを待って、ぜんぶ話してくれるので助かっています」
多感な時期に入る子が話しかけてくることを「なにかしらの助言と安心感が欲しいのではないか」と永作さんは感じている。
「ですので聞かれたことへの答えは、キチンと出すように心がけています。『お母さんとしては、こう思うよ』と。そして『あとはあなたに任せるから、もしまたなにかあったら、状況を教えて』というふうに」
子どもたちとの家でのやり取りを振り返りながら「子育てをして、気づいたことがあるんです」と、あらためて言う。
「私自身が母になって、初めて、実家で母がどれだけのことをしていたか、わかるようになりました。『なぜ朝起きたら、毎日リビングがきれいになっているのか?』という類いのことです」
母は、前日にどんなに疲れても、翌朝、誰より早く起きていた。
「家じゅうぜんぶ、きれいにして、私が起きるころには、すべて元どおりになっている。外出から帰ったら洗濯物が畳まれていたり……。そのとき当たり前だった光景が、親になったら『当たり前ではない』のだと気がついた。『母がしてくれていたことだったんだ』とわかったのは衝撃的でした」
子どもが成長する過程で、日々気づき、驚かされることばかり。その最たるものが「母は仕事をしていたのに、ご飯も作ってくれていた」ということ。
「16歳の私には、気づけなかったことでした。
そして私が気づかないことも、そのときの母には織り込み済みだったんでしょう」
前述した16歳当時、永作さんは反発しながらも家事を続けた。そしてあるとき、ふと気づいたのだという。
「ずっと抱いていた『なんで私が?』という感情が、いつの間にかなくなっていたんです。そしてもうそのころには、炊事もすっかり板についていました。母は『いつかこの子が上達して、自分でわかる日が来る』と見越したうえで、黙っていたのではないかと思います」
母から子へ、受け継がれているものは、まだあった。
「いま、家族みんなで外出するとき、私がいちばん支度が遅くなるんです。するとみんなから、『ホントに遅いんだから、お母さんは!』と言われる。でも私は、家族のいろんなこと(準備など)が気になってしょうがない。なぜ遅くなるかといえば、家族の誰かのことを気にかけて、『あれ忘れてないか、これは……』とやっているからなんです」
合点するように、うなずいて、こう言った。
「母親になって初めて『母親が遅くなる』ことの意味が、わかりました」
■家族が教えてくれたワクワク感が女優業の原動力に
いまも実家で両親は健在だ。母が電話をくれたときなどに、「さりげなく、感謝を伝えているつもり」と永作さんは言う。
「私はいまでも『毎日ご飯作るの嫌だな~』などと、母に愚痴ったりします。そんなとき『だから、お母さんってホントにすごいと思うよ!』みたいな伝え方をするんです。『あのときずっと、毎日作ってくれていたものね』と」
すると電話越しの母は、なにも言わず笑って聞いているそうだ。
親から子へ──。
その一方通行の愛情に、いつか子は気づき、たとえば親になって、わが子にそれを施していく。そしてその「気づき」こそが、「結婚して、母になって得られた大きな財産です」と言って、永作さんはこう結ぶ。
「これからも、まだまだ知らないことを知る機会があるんだろうな。そんなワクワク感っていうのも、家族にはあるんですよね」
家での“バタバタ感”をドラマに盛り込んでいるという彼女は、主人公の待山みなとのように、ここから、エンジン全開するに違いない。今後、取り組んでみたいテーマを聞いてみると、「音楽です」と、即答した。
「学園モノで音楽教師を演じてみたいですね。そこで最高の合唱団を育てたい!子どもたちの合唱コンクールや卒業式、入学式には、毎回必ず行っています。そして、必ず泣いていますから……」
こうして“女優”と“母親”の両面を、しばらくは行ったり来たりしながら、新しいステージへと彼女は向かっていく。
「女優・永作博美」は次にどんな表情を見せてくれるのだろうか。
(取材・文:鈴木利宗/ヘアメーク:住本彩/スタイリング:岡本純子/衣装:ADORE/アクセサリー:YVETTE)
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