大野智 ラストツアーの心境変化で“引退撤回”へ…ジュニア時代からの親友と計画する「復帰のステージ」

女性自身
大野智 ラストツアーの心境変化で“引退撤回”へ…ジュニア時代からの親友と計画する「復帰のステージ」

プライベートの大野智(写真:本誌写真部)



「僕ら5人、誰一人欠けることなく、みんなで作った嵐を26年間、守り切れて本当によかった。こんなにも真剣に人生、生きさせてくれて本当に感謝していますーー」

5月31日、東京ドーム。ファンに向けてこう語りかけたのは嵐のリーダー・大野智(45)。目には大粒の涙を浮かべながら、最後に「では!」と手を振って26年半の歴史を締めくくった。

約3時間半に及んだ嵐のラストライブ。全33曲を披露し、会場に詰めかけた約5万人と生配信で見届けた世界中の人々に別れを告げた。5人の姿に涙を誘われた人も少なくなかっただろう。

「相葉雅紀くん(43)はライブ中盤から目を潤ませていました。
二宮和也くん(42)が涙を拭うようなしぐさをしているのを見たという人もいました。大野くんも、最後の挨拶のときには言葉を詰まらせながら話していました」(ファンの女性)

最後のステージを思い出し、しんみりとした表情を浮かべてファンの女性が続ける。

「特に印象的だったのは松本潤くん(42)。最後の挨拶のときにメンバー一人ひとりにハグしに行く姿は、深い愛情を感じさせました。

櫻井翔くん(44)も、メンバー全員の名前を口にし、『僕たちが嵐でした。いや、僕たちが嵐です』と語りました。26年半走り続けてきた誇りがあるのでしょう」

終演後は5人だけのひと時を過ごしたという。

「スタッフも交えて打ち上げした後、5人だけでステージ上で乾杯したそうですが、驚きなのがそのときの会話。
“次いつ会う?”と話していたというのです。最後のライブ直後に早速次の約束の相談をするとは。仲のよさに感服しました」(音楽関係者)

大野はこの日をもってSTARTO ENTERTAINMENTを退所。松本と二宮は個人事務所で活動し、櫻井と相葉は引き続きSTARTO社に籍を置く。

しかし驚きの情報がーー。大野は退所後も引退はせず、芸能活動を継続すると一部メディアが報じたのだ。

「確かに大野さんは、“嵐の活動終了後は引退します”と明言したわけではありません。

ですが、そもそも’20年末以降の活動休止を報告した際には『この世界を離れて、今まで見たことのない景色を見てみたい。
“普通の生活”をこの世界に入ってから経験していないなと』とコメントしていました。多くの人は、芸能界とは距離を置くものだと認識していたのではないでしょうか」(スポーツ紙記者)

いっぽうで、ラストツアーを目前に控えた3月4日、大野の発言がファンをざわつかせていた。

「松本さんがファンクラブ向けに行った生配信でのことです。大野さんもこの配信に参加したのですが、そこで退所後について“マイペースにファンの皆さんに向けてできることをやっていく”といった旨の発言があったのです。

引退するつもりならこのような言葉は出てこないはず。“表舞台に立ち続けてくれるのかも”と、にわかにファンが沸き立ったのです」(前出・スポーツ紙記者)

時を同じくして、大野が取締役を務める会社の事業内容に変化が。アーティストのマネジメントや芸能イベントの企画・制作などの項目が加えられていたのだ。芸能活動を継続する意思がうかがえる。


「この会社は、大野さんがオーナーを務める宮古島のリゾート施設の運営も行っています。宮古島のビジネスと並行して芸能活動を続ける考えがあるようです」(前出・スポーツ紙記者)

まさかの“引退撤回”――。彼にどんな心境の変化があったのだろうか。

「大野さんは一度は完全引退を決意しました。ですがラストツアーのリハーサルを重ねるなかで、ダンスへの情熱が再び燃え上がったようでした。

ラストツアーが始まるとブランクを感じさせない踊りが話題になり、大野さん自身も“衰えていない”と手ごたえを感じたのでしょう」(芸能関係者)

そして、そこには1人の“キーパーソン”の存在も。

「ジュニア時代からの盟友である町田慎吾さん(45)とともにステージに立つ考えがあるそうです。

町田さんは現在も精力的に舞台出演をしていますが、演出も手がけているので、町田さんの作品に大野さんが出演する可能性もあります」(前出・芸能関係者)

町田は’15年2月にジャニーズ事務所(当時)を退所しているが、大野とは’94年に入所した同期で同い年。
ファンからは“大町コンビ”と呼ばれた。

「大野さんはジュニア時代からダンスの実力が評価されてきましたが、町田さんもまた頭一つ抜けたダンスのセンスを持っていました。ジャニーズの舞台やミュージカルでも重宝される存在だったのです。京都で上演された舞台では2人は長期にわたって共演して切磋琢磨しました。舞台の期間中は京都の旅館で共同生活を送っていたといい、仲のよさはよく知られたものでした。

当時の大野さんは、町田さんと一緒に踊る時間を純粋に楽しんでいるようでした」(舞台関係者)

その後、大野は’99年に嵐としてデビュー。いっぽうの町田は、

「ミュージカルで存在感を示しながらも、年齢を重ねるにつれて仕事が減るようになったといいます。そこでジャニーズ以外の作品のオーディションを受けたいと考え始め、最終的に退所を決断しました」(前出・舞台関係者)

大野の受けたショックは大きかった。


「大の親友と同じ事務所でいられなくなることにかなり落ち込んだといいます。同じ事務所であれば表立った交流も続けられますからね。大野さんには無念の思いが残り続けていたそうです。

その後も大野さんと町田さんは2人で食事に行くなど交流は続いていました。ただ、大野さんが町田さんの出演する舞台を見に行くことはなかったといいます。町田さんに迷惑がかからないようにと楽屋に花を贈るにとどめていたそうです」(前出・舞台関係者)

オープンな交流を控えるようになった2人。ただ、嵐としてゴールテープを切った今、大野は自由の身だ。

「国民的アイドルとして多くのものを背負ってきた大野さんですが、本来は踊ることが大好きな人。
重責を果たし、盟友とともにマイペースにダンスの道を進んでいこうという気持ちになれたのでしょう」(前出・芸能関係者)

前出の舞台関係者は言う。

「ラストライブ後、大野さんはしばらくは東京にいるようです。町田さんと京都の旅館に思い出巡りに行くともいわれています。

ただ、その後は再び宮古島生活に戻る予定だと聞いています。ドラマにバラエティに……といったかつてのように忙しく働くつもりはないようですが、町田さんとマイペースに踊りを続けていく考え。それこそ京都や宮古島なども巡り、全国行脚して大好きなダンスをたくさんの人に見てもらいたいという展望を描いているのだといいます」

ダンサーとして第2章に踏み出す大野。華麗なステップがまた見られそうだ。

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