「この世界では新人だぞ!」ガッツ石松さん死去…有頂天だった俳優転身直後に一喝された“昭和の大俳優”
ガッツ石松さん
6月11日、ボクシングの元WBC世界ライト級王者で、タレントとしても活躍したガッツ石松さんが肺炎のため、2日に亡くなっていたことがわかった。76歳だった。
現役時代は、三度笠と道中合羽の衣装でリングに入場するパフォーマンスで人気を博し、1974年には世界的に層が厚いライト級でアジア人初の世界王座を獲得。5度の防衛に成功するなど、日本ボクシング史に残る偉業を成し遂げた。
1978年に現役を引退すると、迫力ある風貌とユニークな言動で芸能活動を開始。バラエティ番組に出演すると、「OK牧場!」などの“ギャグ”で世間を笑わせる一方で、俳優としても1981年のドラマ『北の国から』(フジテレビ系)、1983年のNHK連続テレビ小説『おしん』などの名作に出演した。
「もともとガッツさんは東映任侠映画が大好きで、少年時代は高倉健さん(享年83)のファンだったとか。現役時代に東映撮影所に自ら売り込みに行ったこともあるといいます。
ボクシング引退後に俳優を目指したのも、憧れだった健さんと共演できるからというのが理由だったそうです」(スポーツ紙記者)
そんなガッツさんだが、俳優として成功するきっかけを作った人物がいるようだ。
ガッツさんを偲び、「僕のオヤジが、ガッツさんをかわいがっていたんです――」と話すのは、昭和を代表する名優・若山富三郎さん(享年62)の長男で、俳優の若山騎一郎(61)だ。
若山によるとガッツさんと富三郎さんの出会いは、故・松田優作さんの遺作として知られるハリウッド映画『ブラック・レイン』(1989年)だという。
「ちょっと失礼な言い方になるかもしれませんが、現役時代から人気者だったガッツさんは、芸能界に入ってからちょっと有頂天だったことがあったようなんです。
その後、『ブラック・レイン』で共演が決まり、オヤジにガッツさんが挨拶したそうなんですが、その際に“お前、世界チャンピオンか何か知らないが、この世界ではまだまだ新人だぞ!”って言ったんだとか。
そのときの共演者は内田裕也さん(享年79)や安岡力也さん(享年64)といった、コワモテたちの“若山軍団”。さすがにガッツさんも気が引き締まったのか、そこから父を“若山センセイ”と呼ぶようになったと聞いています」
そういった縁もあり、ガッツさんが監督・企画・脚本・製作・製作総指揮を務めた1990年の映画『カンバック』に富三郎さんが出演することになったという。
「その記者会見のときだったと思いますが、オヤジが記者から“この映画は当たりますか?”と聞かれ、”バカヤロー、ガッツが作った映画なんだから当たるわけがないだろ!”と言い、ガッツさんは下を向いていました(苦笑)。
ガッツさんをかわいがっていましたから、場を和ませるために言ったのでしょうね」(若山)
後年、ガッツさんは富三郎さんの言葉が転機になったと話していたようだ。
「そのあともさまざまな映画、ドラマで俳優として活躍されたガッツさんでしたが、後年に“若山センセイと会わなかったら、俺は成功しなかった”とおっしゃっていたそうです。オヤジの言葉でガッツさんが奮起されていたとすれば、こんなにうれしいことはないですね」(若山)