「死ぬまでステージに立って歌う」美川憲一 ペースメーカー手術直後にパーキンソン病発覚で愕然…大病経て気づいた“理想の最期”

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「死ぬまでステージに立って歌う」美川憲一 ペースメーカー手術直後にパーキンソン病発覚で愕然…大病経て気づいた“理想の最期”

家では毎日10㎏のダンベルを持ってスクワットを20回しているとう美川憲一さん



「皆さん、生き返ったわよ!」

6月25日、東京・練馬文化センター大ホールで開催された「夏まつり唄まつり2026」(日本歌手協会主催)に、元気な姿で登場した歌手の美川憲一さん(80)。

昨年秋の「歌謡祭」に出演予定だったが、“ある病気”のため辞退。一時はステージへの復帰も危ぶまれたのだが、この日、体調の回復に伴い、満を持して完全復活を宣言した。

昨年8月、美川さんはロサンゼルス・ビバリーヒルズに所有するコンドミニアムで、突然意識を失い転倒した。2~3分後に意識は回復したが、転倒の際に足を強打したため、現地の病院へ直行。そこで医師から“心臓に問題がある”と、予想外の診断を受けたのだ。

「帰国後、すぐに大学病院で精密検査を受けました。その結果、“洞不全症候群”だと診断され、即入院。
お医者さまから“すぐに手術したほうがいい”と言われ、ペースメーカーを埋め込む手術を受けました」

体調異変が起きた当時のことをそう振り返る美川さん。

■美川さんが亡くなっても心臓だけは動いていますよ

洞不全症候群とは、心臓のペースメーカーともいわれる「洞結節」の機能が低下し、脈が異常に遅くなったり、一時的に止まったりする病気で、不整脈の一種だ。

これまで骨折以外、病気などしたことがなかったことから、手術をすると聞いたときは躊躇したという。だが術後、脈が安定したことでとても楽になったそうだ。

「楽になったのはいいんだけど、“埋め込んだペースメーカーって故障したりしないのかしら”って、心配していたら、お医者さまから“美川さんが亡くなっても心臓だけは動いていますよ”と言われたの。もう笑っちゃったわよ」

だがこの数日後、本当に深刻な心配事が発覚する。

「入院期間が1カ月以上に及ぶので、この際ほかに悪いところがないか、徹底的に調べてもらうことにしたの。そしたら“パーキンソン病”を発症していることがわかって……かなり落ち込みました」

パーキンソン病とは、脳の神経伝達物質であるドーパミンが減少することで、体の動きに関わる神経回路がうまく働かなくなる進行性の神経疾患。
初期段階では動作がゆっくりになる、手足が震える、筋肉がこわばるなどの症状が出る。病気が進行すると介助が必要になる場合が多いという難病の一つだ。

美川さんは、医師からパーキンソン病の症状などについての説明を受け、愕然としたという。

■2人の母親からの言葉を思い出し「病気と闘い、前向きに生きる」と決心

「真っ先に頭に浮かんだのは、これから歌は歌えるのか。声が出なくなってしまわないか。ステージに立てるのか……。そんなネガティブな不安ばかりが頭の中をよぎりました。でも、すぐに子どものころ2人の母から言われた言葉を思い出し、病気と闘い、前向きに生きると決めたんです」

美川さんには“生みの親”と“育ての親”、2人の母親がいた。
2歳のとき、実母が結核になり、実母の姉夫婦に預けられて育ったのだ。その2人の母親からは、ことあるごとに“あんたはしぶとい子だから大丈夫よ”と、励まされながら育ってきたという。

「人生長く生きていれば、気弱になることだってありますよ。でもそういうときは、いつも母たちの言葉を思い出すの。そうすると“もっと強く生きなきゃダメ!”って、頭の中のスイッチがパッと切り替わる。私、もともと精神力が強いから(笑)。

だから今回病気になってからも、“落ち込んでいる場合じゃない、これからもっともっと頑張らないと――”。毎日自分にそう言い聞かせているの」

その言葉のとおり、美川さんは退院後、すぐさま復帰に向けた筋力トレーニングを開始する。


「週に2回、リハビリに通ってストレッチを中心にウエートトレーニングを続けています。これがハードなのよ(笑)。最初はつらくて苦しかったけど、ステージにしっかり立って歌うために頑張らなきゃ、と思いながら、必死でやってます。

トレーニングは家でも毎日10kgのダンベルを両手で持って、スクワットを20回。それから5kgのダンベルを片手で持って、片足でもスクワットをやってます。

リハビリを始めたころは3kgのダンベルを持つのも大変だったけど、いまは10kgでも平気。おかげで足腰の筋力が入院前より強くなったわよ(笑)」

退院後しばらくは、転倒リスクを減らすため、外出時は車いすで移動していたが、足腰の筋力アップが功を奏し、いまでは大好きなショッピングも自らの足で歩いて楽しんでいるそうだ。

現在、病院で処方されたパーキンソン病の治療薬を1日4回服用しながら、体の運動機能を強化。
海外旅行にも行けるまで体調は回復し、元気そのもの。症状も安定している。

そんな美川さん、病気を機に入院中からテレビでニュース番組をよく見るようになったという。

最近気になったニュースは?

「あの男よ、トランプ大統領!

何とかしてほしいわよ。だって、彼が何か言ったり、SNSで発信するたびに、世界中が振り回されるんだから。

イランへの攻撃もそうだし、石油の問題、関税や移民政策などでもやりたい放題。アメリカ国内でもトラブルが起きているし、世界中の人たちが迷惑しているわよ。

ホント、“おだまり!”って、言ってやりたいわね(笑)。
早く次の大統領に代わってほしいわ」

“芸能界のご意見番”が、まさか世界情勢まで鋭く斬ってくれるとは……。

■幕が閉じたら、奇麗な衣装を着たまま静かに死ぬ……素敵でしょ

5月15日に80歳(傘寿)になった美川さん。誕生日に行われた記者会見では、「90歳までしぶとく歌いたいわ」と、意欲を見せていた。そしてさらにその先にある大きな目標は、生涯ステージに立って歌い続けること。

「私、死ぬまで歌います。それもステージに立って歌う。だからといって、“ステージの上で死にたい”とは思わないの。だって、歌っている最中にドスンと倒れて、顔をぶつけて死んだら、見ているお客さんたちがショックを受けるでしょ?(笑)皆さんにご迷惑をかけそうなので嫌なの。


でも、最後の歌を歌い終わって、幕が下りた後なら、ステージの上で死んでもいい。拍手が鳴りやまない中で、奇麗な衣装を着たまま静かに死ぬ。これなら素敵でしょ?(笑)」

とても80歳とは思えないほどの肌ツヤのよさ。洞不全症候群とパーキンソン病を患いながらも背筋をピンと伸ばして、記者の目をしっかり見ながらインタビューに答えてくれた美川さん。90歳どころか、それ以上長く、歌い続けそうなオーラすら感じた。

「人生100年時代ですからね。100歳でもお元気な人はたくさんいらっしゃいます。

これまで90歳まで歌いたいと言ってきたけど、この『女性自身』の取材から100歳まで延長することにするわ(笑)。だから、“100歳までしぶとく歌い続けるわよ”に変更しておいてちょうだい!」
パワーあふれる“美川節”は、まだまだ健在だ!

【PROFILE】

みかわ・けんいち

1946年、長野県生まれ。1965年に歌手デビュー、『柳ヶ瀬ブルース』や『さそり座の女』が大ヒット。その個性的なキャラクターや、上品で歯に衣着せぬ毒舌トークで老若男女を問わず広く愛されている。今年5月15日の誕生日に全581曲のサブスクリプション配信を解禁。各音楽配信サービスで楽しめる。

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