《なぜ星野真里が走る?》やす子が変えた24時間テレビマラソン「走る理由」の歴史

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《なぜ星野真里が走る?》やす子が変えた24時間テレビマラソン「走る理由」の歴史

今年の24時間テレビでチャリティマラソンに挑戦する星野真里(写真:本誌写真部)



8月29日(土)から30日(日)に放送される『24時間テレビ49-愛は地球を救う-』(日本テレビ系)の制作発表が先日おこなわれ、星野真里(44)がチャリティーランナーを務めることが発表された。

星野は2011年に結婚、2015年に長女・ふうかさんを出産した。2024年にふうかさんが全身の筋力が低下する国指定の難病「先天性ミオパチー」であることを公表しているが、制作発表に出席した星野は「娘と過ごしてきた10年間で、すべての子どもたちが居場所を決められてしまうのではなく、自分たちで、ご家族で、居場所を決められるようになればいいなと思うようになりました」と話し、続けて「私が走ることで、子どもたちの可能性が少しでも広がるのであれば、こんなにうれしいことはなく、だからこそ走らせていただきたいと思いました」とランナーを引き受けた理由を述べた。

初代ランナーを務めた間寛平(77)のマネージャーの発案によりスタートしたと言われる24時間チャリティーマラソン。当初は「走る理由」を明確に表明する人は少なかった。

近年、「走る理由」が注目されるのはなぜだろうか?

「1995年に3回目のランナーを務めた間寛平さんは、同年1月に阪神・淡路大震災が起こったことから、『日本を元気づけよう』と走る理由を表明しました。その後も、多くのランナーが、『苦労している人々に勇気や感動を届けること』を走る理由として語っています。

また、1999年の錦野旦さん(77)の『家族の絆を取り戻すため』や、2002年の西村知美さん(55)の『離婚寸前の危機を乗り越え、夫婦の絆を深めるため』、2010年のはるな愛さん(53)の『“女として生きる姿”を両親に見せたい』のように、個人的な事情を走る理由として挙げることもありました」(テレビ局関係者、以下同)

コロナ禍以前は、漠然と困っている人のため、自分自身や家族のためという理由が多かったようだ。


「転機となったのは2024年のやす子さん(27)です。自身が児童養護施設で過ごした経験から、『全国の児童養護施設の子どもたちが、より楽しく明るく“生きているって楽しいな”って、思えるようなチャリティーマラソンになるといいなって思います』と表明。さらに、同年から目的別募金が導入され、『マラソン児童養護施設募金』には5億493万6310円もの寄付金が集まりました。

翌年、2025年のランナーはSUPER EIGHTの横山裕さん(45)。子供の頃に経済的な不安を経験していたことから『子ども支援マラソン』のために走り、今年は障がいのある娘の母である星野真里さんが『できた! を増やす子ども募金』という名のもとに、子どもたちの未来のために走るようです。

酷暑が予想される8月に実施される24時間マラソンには批判の声も多く上がっています。そんな中でチャリティーマラソンを継続するにあたって、現代の社会的問題や苦労の当事者が、より具体的な支援のために走るということが重視されているようです」

賛否が割れる24時間チャリティーマラソンだが、星野が無事に完走することを願いたい。

■24時間テレビ歴代マラソンランナーと走る理由

1992年間寛平表明なし
1993年間寛平表明なし
1994年ダチョウ倶楽部表明なし
1995年間寛平阪神・淡路大震災があり「日本を元気づけよう」
1996年赤井英和「日本列島縦断3600km」のアンカーを務めるため
1997年山口達也(TOKIO・当時)表明なし
1998年森田剛(V6・当時)表明なし
1999年錦野旦「家族の絆を取り戻すため」
2000年トミーズ雅「視聴者に勇気と感動を届けるため」
2001年研ナオコ「社会問題に苦しんでいる人たちを勇気づけたい」
2002年西村知美「離婚寸前の危機を乗り越え、夫婦の絆を深めるため」
2003年山田花子「笑いと感動、勇気を与えたい」
2004年杉田かおる「本当の自分を見つめ直すため」
2005年丸山和也「自分が走り切ることで同世代の中高年に勇気と希望を与えたい」
2006年アンガールズ「視聴者に感動と元気を与えるため」
2007年萩本欽一「初代総合司会者として『恩返し』を果たすため」
2008年エド・はるみ「芸能界デビューの前から24時間マラソンランナーになることが夢だった」
2009年イモトアヤコ「視聴者に勇気と感動を届けるため」
2010年はるな愛「“女として生きる姿”を両親に見せたい」
2011年徳光和夫「同世代の高齢者に勇気と希望を与えたい」
2012年北斗晶・佐々木健介ファミリー「私たちを通じて、人から人、家族から家族へつなぐ大切さを伝えたい家族の強い絆を確認するため」
2013年大島美幸(森三中)「太っているんですけれども、最初からできないよというのも、やったこと無いことを出来ないというのも嫌なので」
2014年城島茂(TOKIO)「40代代表として、世の中のお父さんを元気にしたい」
2015年DAIGO「僕が走ることによって元気が出た、とか楽しみにしてる、とか、そういうニーズに応えたい」
2016年林家たい平「こん平師匠の弟子として自分に何ができるか考え、僕の頑張る姿を見てもらいたい」
2017年ブルゾンちえみ「何かを諦めようとしている人に、もう少しだけ頑張ってほしいと伝えたい」
2018年みやぞん「愛犬・ラブちゃんに早く会いたい」
2019年近藤春菜(ハリセンボン)、よしこ(ガンバレルーヤ)、水卜麻美アナウンサー、いとうあさこ「タスキをつなげたい」
2020年高橋尚子、土屋太鳳、吉田沙保里、陣内貴美子、松本薫、野口みずき「走ることで恩返しがしたい」
2021年岸優太、水谷隼、荒川静香、川井梨紗子、川井友香子、五郎丸歩、田中理恵、長谷川穂積、丸山桂里奈、林咲希、城嶋茂「震災や災害からの復興」「コロナ禍における人々の団結」
2022年兼近大樹(EXIT)「勉強も運動も嫌いで何も成し遂げた事のない人間が24時間走る事を達成させ、沢山の方への恩返し、あらゆる事を投げ出してきた自分への挑戦、そしてガチで走ってんのか疑惑の解明をします」
2023年ヒロミ「このまま萎(しお)れたくない。
おじさんの代表選手としてやってみます」
2024年やす子「全国の児童養護施設の子どもたちが、より楽しく明るく『生きているって楽しいな』って、思えるようなチャリティーマラソンになるといいなって思います」
2025年横山裕「困難を抱える子どもたちの現状を少しでも多くの方に知ってもらうため、そして、支援が必要な子どもたちのため」
2026年星野真里「娘と過ごしてきた10年間の中で、すべての子どもたちが分けられることなく、子どもたち自身が自分の居場所を選べる世の中になってほしいという願いを持つようになりました」

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