「『サザエさん』は職人集団、『ドラえもん』は…」ワカメちゃん&しずかちゃん声優・野村道子(88)が明かすアニメ収録の舞台裏
しずかちゃん・ワカメちゃんを演じた声優・野村道子(写真:本誌写真部)
「今年に入って『サザエさん』(フジテレビ系)のイクラちゃん役の桂玲子さん(享年89)、『銀河鉄道999』のメーテル役の池田昌子さん(享年87)が相次いで亡くなりました。
ドラえもん役のペコさん(大山のぶ代さん・享年90)、のび太役の小原乃梨子さん(享年88)など、声優という仕事を一緒に築き上げてきた第一世代の訃報が続いているなか、今のうちに、昔の話を若い人たちに残しておかなければという焦りがあったんです」
こう語るのは、『ドラえもん』(テレビ朝日系)の初代しずかちゃん、『サザエさん』の2代目ワカメちゃんを担当した野村道子(88)だ。
自ら企画し、スポンサーを探し、声優創世記を知る声優やスタッフらに声をかけて出演依頼をするなどして、昨年、トークイベントを開催。今年10月31日には2回目となる『声優伝2』を、練馬文化センター(東京都)で行う予定だ。
「今回は、まず神谷(明・80)くんに声をかけました。事務所を通すよりも、本人に直接お願いしたほうが断りにくいから(笑)。神谷くんが出るのだから、年下の三ツ矢(雄二・71)のOKもすぐにとれました。今回は合計8人を招いて、2部構成にしています」
『シティーハンター』の冴羽役の神谷や、『タッチ』の上杉達也役の三ツ矢らが声優ブームの火付け役となり、現在、人気職業となっているが、1950年代後半は、まだマイナーな存在だった。
「テレビ局にはドラマを何本も作る力はなく、空いた放送時間に海外ドラマを放送するようになったんです。その吹き替えが声優の始まり。若手から高齢者まで幅広く所属する劇団が、一手に引き受けたりしていたのですが、TBS劇団のような放送劇団を持たない局は、テレビ俳優や舞台役者に声をかけていました」
吹き替えは誰もが初めての経験だったので、録音現場は大混乱。
「セリフが映像に収まらなくて、後になるほど、ずれてくる。だからCM前がいちばんひどい(笑)。“なんでこんな仕事、やんなきゃなんないんだ!”と怒り出して、途中で帰ってしまう人もいました」
“声優”ではなく、映像にセリフをあてる“あて師”と呼ばれていた時代だった。「俳優と比べて1段、2段、下に見られていたんです。顔も体も出さず、声だけだからと、ギャラは7掛けだったんですね」
■当日飲みに行ける人が紙に名前を書き込んだり
だがテレビアニメ『鉄腕アトム』(1963年)の誕生から、仕事の本数が急増していった。
「ギャラは安くても、数をこなしていくことができました。1日3~4本の現場を行ったり来たりすることもあったほどです。
ただ、海外ドラマの吹き替えは登場人物がしゃべってくれるので、日本語訳のセリフを乗せればいいのですが、アニメとなると、完全に絵の動きに合わせなければならないから、難易度が高くなるんですね」
そのためアニメの声優ができる人材は限られ、どの現場に行っても顔なじみの姿があったという。
「いくつもの現場を掛け持ちするから、ちゃんと時間どおり終わるように、みんなで協力し合いました。仲がよくて、現場では回覧板のように紙が回ってきて、今日、飲みに行ける人が名前を書き込んだりしていました」
アニメの本数が増えていくと、大量のセル画が必要になり、アニメスタジオの作業が追いつかなくなったという。
「本来、アニメの動きに合わせてセリフを録音するのですが、絵が間に合わず、突然、棒線で描いた簡易的な人間の絵で代用されることも。“線画”の現場が多くなって、絵があると反対に驚かれました」
1973年には声優仲間が団結して待遇改善を訴え、俳優に比べて3割安かったというギャラが改善され、再放送された際のギャラも支払われるようになった。“あて師”という呼称がなくなり、声優と呼ばれるようになったのは、職人的な技術が認められたからだ。
1976年から野村が2代目ワカメちゃんを演じることになった『サザエさん』の撮影現場も、まさに職人集団だった。
「毎週1回、録音スタジオに集まるのですが、誰も余計なことは一切しゃべらないんです。その場で配られた台本を1回見て、すぐに本番。30分番組の録音なのに、2時間もかかりませんでした」
しかも、出演者同士の関係もドライで、録音が終われば即解散。
「毎週、録音が終わると、誰か一人だけ残って次週予告のナレーションをするんです。5分もあれば終わるのに、誰も待っていなくて、帰るときにはロビーはシーンとしていました(笑)。29年間、『サザエさん』に出演しましたが、女性陣だけで旅行に行ったのは一度きりでした」
対照的に1979年から初代しずかちゃん役を務めた『ドラえもん』は、和気あいあいとした雰囲気だった。
「ぺこさん、小原さんとは、よく海外旅行にも行きました」
大山さんは、座長としての責任感も強く、劇場版の録音で有名なタレントが出演するときも「あなた、この本、ちゃんと読んでいるの」と厳しかったという。
「『ドラえもん』の世界観を崩さないよう、セリフひとつにも気を使って、汚い言葉はNGでした」
ジャイアンが言う『ばかやろう』も、出演者で知恵を出し合って『バーロー』になったのだとか。
夫で声優の内海賢二さん(享年75)が声優プロダクション(以下、賢プロ)を立ち上げたが、1990年代半ば、経理担当者による1千万円の使い込みが発覚したうえ、所属声優やスタッフが大量離脱する危機に。2005年、声優を卒業した野村は賢プロの経営に専念することに。
「所属する声優はほかのプロダクションからスカウトするよりも、しっかりと自分のところで育てなくてはならないと痛感して、声優スクールを立ち上げたのです。賢プロを立ち上げて四十数年、所属声優は230人になります。その8割、9割がスクールの卒業生。大家族っていう感じです(笑)」
長年、新人の発掘・育成に尽力して、近年の声優を取り巻く環境の変化も感じとっているという。
「アイドル活動のようなイベントもあるので、歌えたり、踊れたりしないとだめ」
録音やアニメーション技術の向上も目覚ましい。
「なかでもジブリのアニメは、キャラクターの心情も細かく絵で表現します。昔の声優は声で演技をしたがりますが、ジブリのアニメには必要ありません。
また録音に関しても、何度もセリフを言って、いちばんいいものをつなぎ合わせることもできます。さらにAIによって、簡単なナレーションなら置き換えられる。だから声優に関わる者として危機感は持っています」
そのなかでもっとも求められるのは、やはり人間の表現力。
「技術の進歩で、どんな声優でも一定レベルのことはできます、しかしそれ以上の表現は、やっぱり人間力や感性。人の心を動かすのは、やはり人の声だと思うんです」
現役を退いても、今なお、理想的な声優像を追い求めているのだ。