「ヒロイックに描くのは一番危険」塚本監督が話題作『ネルソンさん』で鳴らす警鐘…上の人が決めて民衆が殺し合う不条理
現在、公開中の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開)の一場面/(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners(C)Allen Nelson/KODANSHA
「戦争に行って現場でやることというのは、人と人が殺し合うことなんです。本来、一番やってはいけないことを、戦場ではやるわけです」
そう語るのは、映画監督の塚本晋也さん(66)だ。9月11日に公開された最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(配給:キノフィルムズ)が反響を呼んでいる。第83回ベネチア国際映画祭では、18歳の高校生20人が審査する独立賞「金の小獅子賞」を日本映画として初めて受賞。日本でも世代を問わず多くの観客が劇場に足を運んでいる。
塚本監督は『鉄男』(1989年)で世界的に注目を集め、近年は『野火』『斬、』『ほかげ』など、戦争や暴力をテーマにした作品を発表してきた。
新作は、18歳で米海兵隊に入隊し、ベトナム戦争に従軍したアレン・ネルソンさん(享年61)の著書などをもとに映画化。戦場で人を殺し、帰還後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ続けた元兵士の人生を描く。
塚本監督は、なぜ今、この映画を作ったのか。
「もちろん幅広い世代の方に観ていただきたい。でも、特に観てもらいたいのは、これから戦争に行ってしまう可能性がある若い人たちです。
ひとたび戦場に行けば、死んでしまうか、生きて帰ってこられても大きなトラウマを抱えてしまう。だから、戦争の恐ろしさをなるべく早いうちに味わってもらいたい。戦争に対する“小さなトラウマ”を感じて、自分の中に『防御膜』のようなものを張ってもらいたいんです」
塚本監督自身、子どものころに漫画『はだしのゲン』を読み、強烈な衝撃を受けたという。だからこそ、戦争の恐ろしさを理屈ではなく、身体で感じてほしいという思いがある。
■戦争をヒロイックに描くのは、今の時代に一番危険
映画制作にあたり、監督が強く意識したのは「戦争にヒロイズムを持ち込まない」ことだった。
「アレンさん自身も、戦争に行けばヒーローになれる、みんなから誇りに思ってもらえる人間になれると思って戦場に行ったんです。でも、実際にそこでやることは人殺しです。本当に陰惨な人殺しがあるだけなんです。そこをいかにもかっこよく描いてしまうのは、あるまじきことだと思います」
近年、軍事組織の活動や激しい戦闘、暴力をスリリングに描いたドラマが高い人気を集めている。こうした軍事力や暴力の“エンターテインメント化”について尋ねると、監督は強い危機感を示した。
「それは一番恐るべき事態ですね。人を殺すという、本来一番やってはいけないことを、いかにもかっこよく、ヒロイックに描くのは、きな臭い今の時代において一番危険なことだと思います。若い人たちが、戦争に行けばヒロイズムを味わえるんじゃないかと勘違いしてしまうからです」
■18歳の若者が沖縄で教えられたこと
ネルソンさんは貧困と人種差別の中で育ち、18歳で海兵隊に志願。
沖縄で訓練を受け、ベトナムに送られ、従軍した。映画では、若者が人を殺せるように変えられていく過程も描かれている。
「人を殺すというのは自然なことではないですからね。だから、人を殺せるようになる過程で、非常に暴力的な“洗脳”が行われる。
入隊した若者の自尊心を徹底的に痛めつけ、相手の国の人間を『人間以下』だと思わせる。そうやって、だんだん人を殺せるように訓練していくんです」
当時、アメリカの統治下にあった沖縄も、その訓練の場だった。
「沖縄で若い米兵たちは、東洋人は人間以下なんだと教えられた。だから、沖縄でも暴力的な行動をしてしまう。
そういうことが当時もあったし、今も結局、変わっていないのではないでしょうか」
■戦争を始める人たちは、戦場には行かない
ベトナムの戦場で、ネルソンさんは一人の農民兵士から、こう問いかけられる。
「私たちは自由のために戦っている。なのに、なぜあなたは他の国に来て我々を殺すのだ。アメリカで戦え、真の自由のために」
実際にネルソンさんが戦場で経験した出来事で、塚本監督が「絶対に描かなければ」と考えた場面だ。
「戦争を始めるのは、それぞれの国で力を持っている人たちです。でも、その人たちは戦場には行かない。実際に行くのは、僕ら民衆です。そして、戦争さえなければ、本当は友達になれるような人たちが殺し合う。
上の人たちが決めたことによって、友達になれる者同士が殺し合わなければいけなくなる。アレンさんも、戦争さえなければ、あのベトナムの人と友達になれたかもしれないんです」
監督は、こうした問題が日本にとっても決して無縁ではないと考えている。2015年の安全保障関連法成立によって、日本は一定の条件のもとで集団的自衛権を行使できるようになった。
「日本を守るためではなく、他の国の何かのために別の国へ行って、人を殺さなければいけない。そうなったとき、日本の人たちもアレンさんと同じような疑問を抱く可能性があると思うんです」
災害救助で人命を守る自衛隊員が、戦争では人を殺す立場になる。その矛盾を監督は懸念する。
「人を助けるために自衛隊に入った人もいるはずです。でも、戦争に行くことになれば、目的が真逆になる。
辞める人が増えれば、人員が足りなくなるでしょう。そうなると、アレンさんのように経済的に厳しい家庭の若者が最前線に送られる可能性もある。それでも足りなければ、徴兵制ということも、ゆくゆくは考えられると思うんです」
憲法9条についても、監督は「変える必要はない」と考えている。
「9条を変えなくても、日本は十分に軍備を持っています。それでも変えたいのは、9条に書かれた“理念”を変えたいということではないでしょうか。理念を変えてしまうと、これまでのように『ここまではできる』『いやできない』という、せめぎ合いの議論すらできなくなる。一方向に進むしかなくなってしまう。それを危惧しています」
■戦争の傷は、子や孫の世代まで続く
映画が描くのは、戦場での殺し合いだけではない。
監督が今回、特に重視したのが、戦争PTSDの問題だった。
「ここ数年で、戦争PTSDが非常に大きな問題として浮かび上がってきました。
戦争に行った本人だけの苦しみではない。帰還後、家族に暴力を振るってしまい、その家族も傷つき、今度は自分の子ども——つまり孫にまで暴力を振るってしまう。そうやって暴力の連鎖が続いてしまうことがあるんです」
映画の終盤には、リリー・フランキーさん(62)演じる日本人男性「黒井」が登場する。モデルの一人となったのは、2018年に「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」を立ち上げた黒井秋夫さん(77)。日中戦争から帰還した父親の異変に苦しみ、後年になって、それが戦争によるPTSDだったと気づいた人物だ。
塚本監督は、黒井さんが会を立ち上げた当初から交流し、取材を重ねてきた。
「終戦後、『PTSDなんていうものは日本人にはない』と決められてしまった。だから誰も言えなかったんです。呆然自失になったり、暴力的になったりしても、戦争と関係しているとは誰も思わなかった。本人も隠していたし、家族も気づかなかった。
結局、本人はPTSDだったと認められることなく亡くなり、家族も帰還した夫や父親に不信感を抱いたまま終わってしまったんです」
そして、体験者の沈黙は、戦場で何が行われたのかという記憶まで失わせてしまう。
「戦争の恐ろしさを語らないまま、お墓に入ってしまった。それをいいことに、実際には恐ろしい加害もあったのに、それをなかったことにして、また歴史を進めようとする人たちがいる。だからこそ、『なかったことにはさせないぞ』という思いで、もう一度アレンさんに蘇ってもらう必要があったんです」
日本では原爆や空襲など、戦争の被害について多くの証言が残されてきた。一方、戦場で人を殺した側の加害体験は、十分に語られてきたとは言い難いという。
「ドイツは戦後も反省を繰り返し、過ちを繰り返さないために力を尽くしてきました。でも日本は、負の側面をなるべく早くなかったことにしようとしてきたように思います」
塚本監督は、10年ほど前には「また戦争ができる国にしようとしている」という“気配”を感じていた程度だったが、今では「明らかに戦争ができる方向へと動いている」と強い危機感を抱いている。最後に、若い世代への思いを尋ねると、監督はこう語った。
「戦場というのは、殺し合いをする場所なんです。本来なら友達になれるような人同士が、内臓や脳みそを飛び散らせて殺されるか、逆に自分が相手をそういう目に遭わせるか。そういう場所なんです。そのことを、この映画を観て、実感として感じていただきたい。そのうえで、『じゃあ、自分たちはどうするのか』ということを考えてもらえたらと思います」
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