市川海老蔵 がん公表会見から1年…小林麻央支える家族の献身
5月26日のお昼すぎ、小林麻央(34)が入院する都内の大学病院に市川海老蔵(39)の姿があった。海老蔵は小雨が降るなか傘もささず、グレーのパーカーのフードを被りながら足早に院内のエレベーターへ乗り込んでいく。さらにこの日は麻央の実母や姉・麻耶(37)の姿も。あいにくの空模様とは裏腹に、この日も病室は家族総出のにぎわいをみせていた。
「あれからもう1年がたつんですね……。この1年、麻央さんは本当に頑張ってきました。心の底からすごいと思います……」
知人がそう振り返るように、麻央のがんが公表されてから間もなく1年になる。昨年6月9日。
海老蔵は都内で会見を開き、妻の麻央が乳がん闘病中であると公表。1年8カ月前にがんと診断されたこと、そして病状について“比較的深刻”とも明かした。
今年1月放送の『市川海老蔵に、ござりまする2017』(日本テレビ系)では「早かったら、3、4、5月で多分ダメだった。今年の夏は絶対無理だと思った。いま10月でしょ。もうすでにこの時点で、すごいことが起こっている」とも答えていた。
しかしそれからさらに7カ月、麻央は今もがんと闘い続けている。そしてそれを支えてきたのは、ほかならぬ家族たちの懸命な献身だった――。
入退院を繰り返しながらホルモン治療や抗がん剤治療を受け、昨年9月1日からはブログをスタートさせた麻央。同月下旬には肺や骨への転移を公表。生活の質を向上させる“QOL手術”を行い、数々の民間治療にも挑戦してきた。激しい痛みや苦しみに耐え、がんと立ち向かってきた麻央。そんななか海老蔵も、自らできる限りのサポートをしてきたという。
「昨年は地方公演が続きましたが、海老蔵さんは毎日のように麻央さんを電話で励ましてきました。会えない寂しさが募るなか、夫婦の絆を強くしてきたんです。また海老蔵さんがいない間は、麻央さんのお母さんと麻耶さんが代わりにサポート。
病院への送り迎えや、長男・勸玄くん(4)や長女・麗禾ちゃん(5)の世話もしていました」(スポーツ紙記者)
そうした家族総出の闘病の日々を、本誌も目の当たりにしてきた。昨年12月20日に麻央が再入院を公表した際、海老蔵は25日に京都公演を終えるとすぐ妻のもとへ。大みそかには一時外出し、都内のそば店へと出かけていた。また1月29日に退院を果たした麻央は、3日後の2月1日に麻耶と水素温熱免疫療法で知られる都内のクリニックへ。さらに今回の入院前日の4月21日、2つのクリニックをはしごする麻央を支えていたのは、実母だった。
いつだって、麻央のそばには家族がいた――。そんな家族総出の闘病シフトに対し、麻央は4月10日のブログでこう感謝をつづっている。
《母にも「そばにいてほしい」と珍しく言葉に出して甘えてしまいました。
姉にも来てほしいと電話しようかと思いましたが、さっき帰ったばかりだと気づき止めました笑主人には巡業で疲れているのに咳や息切ればかりしていて申し訳ないなと思いながらも、ひととき穏やかに楽しい会話ができて満たされました。家族のぬくもりに感謝がとまりません》
見守ってくれる家族はほかにも。麻央は5月24日のブログで、実父が見舞いに来たと明かしている。麻央の実父についてはがん公表以降もほとんど報じられることはなかったが、そんな父も娘を支えるべく病室へ。麻央を支える間、家族の絆もまた強まっていた。
冒頭の本誌が目撃した海老蔵、そして麻央の実母や麻耶が病院に訪れた5月26日。麻央はブログで「顎」と題する限定記事を更新。28日には、海老蔵が麻央の顎にがんが転移していたことを明かしている。
そんな海老蔵は、前出の6月の会見でこう漏らしていた。
「元気になってもらうことが、我々家族としては一番願うことであって。1年8カ月、つらかったですけど、いつか『あの時間は大変だったけど、家族にとってはとても良い経験になった時間だったね』という会話ができるように。それを夢見て、日々積み重ねてきた」
麻央の回復を信じて――家族一丸の闘いは続く。
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