皇太子さま悲壮な訴え!雅子さま救う「宮中改革」への覚悟
《あたらしき住まひに入りて閖上の人ら語れる希望のうれし》
1月12日、皇居宮殿松の間で催された「新年歌会始の儀」で披露された、雅子さまのお歌である。
昨年11月に皇太子さまと一緒に訪問された、宮城県名取市の閖上地区。東日本大震災から6年目の夏、ようやく復興住宅に入居して、新生活を始めた住民と語らったときのことをお詠みになったものだ。宮内庁関係者はこう語る。
「ご療養以来、披露された雅子さまのお歌は、愛子さまをはじめとした“私的なテーマ”が多かったのです。今回は、被災地訪問という“公的なテーマ”でした。来年のお代替わりに向けて“皇后になる覚悟”も伝わってきました」
しかし今回、雅子さまご本人の歌会始へのお出ましはなかった。
「雅子さまは来年、新しい皇后になられる身ですし、久しぶりのご出席となればとりわけ注目を集めるでしょう。
歌人としても高く評価される美智子さまの前で、ご自身の歌が読み上げられることに、プレッシャーもあったはずです」(前出・宮内庁関係者)
’19年4月30日に天皇陛下は退位され、皇太子さまが新天皇として即位される5月1日、雅子さまは皇后になられる。
政府も1月9日、一連の儀式のあり方や日程を検討するため、準備委員会を設置し初会合を開いた。昭和から平成へのお代替わりでは『即位礼正殿の儀』『祝賀御列の儀』に続き、その夜から4日間にわたり昼と夜、計7回の宴席『饗宴の儀』が催された。
雅子さまは1月10日に出席された講書始の儀でも、かなり緊張のご様子だった。長時間にわたる宴席、十二単での出席となる『即位礼正殿の儀』は心身ともに大きな負担となる。皇室ジャーナリストが明かす。
「儀式や宴席の一部については、皇太子さまお1人で臨まれることを検討されているようです。今回の『即位の礼』に関しては、陛下も皇太子さまも『できるだけ簡素に』というお考えです。
そのご意向には予算削減の意味以上に、雅子さまにご無理をさせないようにというお心遣いがあるのです」
雅子さまが適応障害での療養に入られてから、今年で15年。皇太子さまは《雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です》と’04年5月の会見で訴えられたこともあった。
「この異例の発言にバッシングもありましたが、身を挺して雅子さまをお守りする、皇太子さまはそのお気持ちをずっと胸に秘めていらっしゃいます。お代替わりを前に、皇后のお役目についても検討を続け、“ご公務の大幅削減”さえも視野に入れていらっしゃるようです。具体的にいえば、地方行幸啓でも、皇后は式典に出席しても、視察への同行は減らす、といったことです」
こうした“宮中改革”には、なぜ『皇后陛下は来られないのか』といった批判の声も予想される。
「10年近くの長い期間をかけて、慎重にご公務の取捨選択を行っていく必要もあります。皇太子さまはそれでも、次期天皇の重圧に耐えながらも、雅子さまを守るために悲壮な覚悟を持たれているのです」(前出・皇室ジャーナリスト)
幾度となく《時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたい》と発言されてきた皇太子さま。そのご胸中について、前出の宮内庁関係者はこう語る。
「国民に寄り添うお心は、ご公務の数だけで測れるものではありません。雅子さまがお出ましになれないときも、国民に心を寄せるお2人の強い思いを伝えていく。そういった新しい皇室像の確立は容易ではありませんが、揺るぎない皇太子さまのお気持ちは、やがて国民の理解を得て支持されるはずです」
皇太子さまの雅子さまへの思いが、新しい皇室への道を切り開いていく――。
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