2018年6月6日 06:00
渡辺えり 演劇人生40年目に思う「65歳が一区切りかな」
3人で歌いますので、お楽しみに」
今年で劇団旗揚げから40周年を迎えたが、多数の脚本を手がけるなかでは忘れられない思い出も。
「昔、大失恋したときに、本当に落ち込んで、温泉場に行って遺書を書いたんです。でも、その遺書がすごく上手に書けちゃって。『これは劇団の人に読んでもらいたい』って思って、東京に帰って来ちゃった。その後、その遺書は『瞼の女』という舞台になりました(笑)。そのとき私を振った人ともいまだに仲よくしていて、よく舞台を観にきてくれますね」
何ともえりさんらしい豪快なエピソード。今後も、生きていくことをテーマにした舞台制作に取り組んで行く考えかと思いきや――。
「まずは、65歳で一区切りしようかな、と思っているんです。
脚本を書いて演出するのはやりがいもあるけど、体力・精神力・お金の面で大変です。その後は今までできなかった映画作りや海外での勉強などを、できる範囲でコツコツやっていきたい。プライベートでは(十八代目)中村勘三郎さんや親友の女性が亡くなって、同世代で何でも話せる人がいなくなってしまいました。これから新しい友達を作るのも難しいし、距離感のあるお付き合いは寂しい。