【ロングインタビュー】尾上右近、次なる進化へ。「研の會」FINALの先に描く、歌舞伎への熱き思い

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【ロングインタビュー】尾上右近、次なる進化へ。「研の會」FINALの先に描く、歌舞伎への熱き思い

(撮影:石阪大輔)



映画『国宝』の大ヒットで新しい観客も増えている歌舞伎の世界で、今もっとも勢いのある若手のひとりと言っても過言ではないだろう、尾上右近。歌舞伎の伝統を受け継ぎながら、新しい挑戦を続ける彼の“純度100%の歌舞伎への思い”を感じられるのが、年に一度、彼自身がプロデュースし開催している自主公演「研の會」だ。2015年から始まった「研の會」は回を重ねるにつれ劇場規模も大きくなり、観客動員も増え、右近ファンのみならず広く歌舞伎ファンに注目される公演となっているが、右近が以前より「第十回をもって最終回」と宣言していたとおり、第十回となる今回がファイナルとなる。

初役や珍しい演目への挑戦でも注目を集めてきた「研の會」、最終回の今回も右近らしいセレクトが並ぶ。演目は長らく上演されていなかった『藝阿呆(げいあほう)』、初役となる『鷺娘』、さらに右近の原点とも言うべき『春興鏡獅子』の3本。この演目選定の理由から、あらためて「研の會」で続けてきた挑戦に対して思うこと、そして右近にとって「歌舞伎」とは――。今の思いを語ってもらった。

次のステップへ進むため「身を削る公演」として完結

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――2015年から始まった「研の會」も10回目。
とうとう、ファイナルと公言していた第十回が来てしまいました。もともと「10回まで」と区切っていたのは、プレミアム感を出す戦略だったりしたのでしょうか。

尾上いやいや、そんな余裕なかったですよ……。第一回を開催したときは、この先も続けられるのかと不安で、自分の中のハードルとして「10回はやろう」と決めました。ここ数回で「まだ続けられる余裕はあるな」という心持ちになりましたけど、自分がそこまでの心境になれたことが、感慨深いです。

でも、もともと「研の會」は、自己研鑽の場というコンセプトで始めたものです。ちょっと背伸びをして、歌舞伎の本興行ではまだ自分がやれない役に挑戦する公演。年を重ね、昨年4月には歌舞伎座で『春興鏡獅子』をやらせてもらったり、自主公演でやらなくても本公演でできるものが増えてきましたが、だからといって「研の會」を実験的な場にするのも、楽をする公演にするのも違うなと感じています。
身を削る公演として「研の會」を終えたい。だから、10回で区切って良かったなと思っています。区切るって、いいですよね。次のステップに進む感じがする。……まだ終わっていませんが(笑)。

――寂しがるファンも多いでしょう。

尾上そう言ってもらえることが、嬉しいです。ただ「研の會」はこれで終わりますが、また自分の公演というのは続けていきたいと思っています。


生演奏のこだわりに自身のルーツを込めて。素踊りで挑む『藝阿呆』

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――お伺いしたいことがたくさんありますが、まずは今回の演目3作について教えてください。舞踊3本というセレクトですが、まずは『藝阿呆』。珍しい演目ですね。すみません、私は存じ上げませんでした。

尾上大丈夫です、知らない方がほとんどだと思います(笑)。僕もそのつもりで宣伝しています!

――資料には「1960年に八世竹本綱大夫、十世竹澤彌七の名コンビにより民放のラジオ番組で制作、初演された」とあります。その後、十七世中村勘三郎が1979年と1981年に演じていらっしゃるそうですが、物語としては義太夫の竹本大隅太夫と、先輩格で相三味線の豊澤團平のふたりの物語を中心に、義太夫節に命を吹き込む苛烈な人間模様を描いたもの。

尾上僕は子どものときに、歌舞伎座で行われた梅津貴昶さんの舞踊公演で、亡くなった(十八世)勘三郎のおじさまが踊られたのをすごく鮮明に覚えています。
タイトルのとおり、芸の道をがむしゃらに生きる男たちの物語。すごく哀愁のあるお話なんです。大隅太夫という人が病気になってしまって、すごく寂しい晩年を迎えられて……。いわゆる栄光物語ではないんです。

――昨年の第九回で上演した『盲目の弟』も悲しい話で、右近さんは「僕はこういう寂しい話が好き」とおっしゃっていましたね。

尾上そうでしたっけ、僕の根暗な部分がまた出ちゃった(笑)。でも、『藝阿呆』は悲しくも、暗くもないんです。哀愁はありますが、芸のぬくもりをすごく感じさせる作品です。


また、もともと綱大夫・彌七という文楽の名人ふたりによってラジオ収録で初演されたもので、CDにもなっているので、その音源があるんですよ。物語の中の大隅太夫・團平の顔と、綱大夫・彌七の顔が重なっていくような本当に特殊な作品で、僕が拝見した勘三郎のおじさまのものも、その前にやられていた十七代目の勘三郎のおじさまも、この音源をつかっています。つまり決定版と言うべき音源があるのですが、僕は清元の家の人間でもありますので、やはり歌舞伎俳優が役者として舞台に立つ上での音楽は、生演奏というところにこだわりたい。「研の會」で自分がやるからには、生にこだわる姿勢を持たないと、自分自身のルーツ、在り方を否定することになりますので。今回は文楽座の竹本織太夫さんに相談し、織太夫さんと團七さんのおふたりに演奏していただくことになりました。

――しかもひとりで踊られる。

尾上はい。今まではもうひとりの役者が弟子の役で出てくるという演出で上演されてきましたが、今回は尾上菊之丞先生に振付をお願いし、僕ひとりで素踊りでやります。
どんな振付になるかは僕も楽しみにしているところですが、菊之丞先生も「一生形になって残っていくくらいのものを作らなきゃ」と意気込んでくださっていました。

――藝阿呆って、いわゆる“芝居馬鹿”というのと同じような意味ですよね。この思いというのは右近さんも共感するところですか?

尾上そうですね。……最近、後輩と接していて思うのですが、彼らはとても真面目ですし真剣に歌舞伎と向き合っているのですが、自分がやるべきこととの距離感をちゃんと取ってやっているんです。楽しみながら取り組んでいるというのかな。それを見ていて「僕はおじさんだな……」とすごく感じちゃう。

彼らの本気と僕の本気は違う、彼らの在り方も尊重しますが、僕なんかは、“本気”と言ったら「食らいついてでもやる!」なんですよ。要は時代だと思うのですが「身ひとつで食っていく」という姿勢自体がもう、今の価値観だとおかしいのかもしれない。
でも僕は最後のそういう世代なんじゃないかなと思う。僕自身は“藝阿呆”気質ですし、「研の會」もその気持ちでやってきました。自分にはとてもフィットします。

「『国宝』のアレをやります!」 旬の『鷺娘』と、自然体で挑む『鏡獅子』

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――そして『鷺娘』は映画『国宝』でもフィーチャーされました。ある意味、旬な演目です。

尾上伝統芸能の世界で長く愛されるもの、そしてその本質的なものを自分の中で軸として持っている姿勢を示すことが最も尊いと思いますし、僕自身もそういう気持ちを大事にしたいと思っています。その一方で、流行りに乗っかるということも歌舞伎の文化。僕自身も流行りには興味を持っていたい。なので……流行っているからやります(笑)。『国宝』で喜久雄が踊ったアレを僕がやります!

――3月には南座で『曽根崎心中物語』もやられましたしね。……右近さんは『国宝』はご覧になりましたか?

尾上もちろんです。まずは、役者さんの歌舞伎に対する気持ちが伝わってきて、本当に嬉しかった。何よりもそれが大きい。例えば僕で言うと『ライオン・キング:ムファサ』で声優をやらせてもらいましたが、もう、めっちゃ難しいんですよ!! 音は決まってる、尺は決まってる、口をあわせるところは決まってる。芝居として気持ちを入れるなんてできない、ってなるくらい難しくて。やっぱり声優さんってすごいな、専門的な職業なんだなと痛感しました。

「できるできないではない、僕がやることに意味があるんだ」ということでしか自分を納得させられないくらいだったし、一人前の声優になるのにはものすごく時間がかかるんだろうなと身をもって思いました。……そういうことを『国宝』で歌舞伎俳優を演じた役者さんたちはやってくださったわけです。しかもそれが、僕からは「長年それをやっている」ようにしっかり見えましたし。

――おお。

尾上歌舞伎にしっかり向き合ってくださったことにリスペクトを抱きました。……物語の細かいことで言うと、“あるある”はありつつも、やはり映画らしいフィクションも感じましたが。

――たとえば?

尾上歌舞伎、あんなに辛くないですよ……もっと楽しい世界だよ、というのは言いたいかな(笑)。……ただ、より大変なところもあると言えば、あって……。映画の彼らは瞬発的に苦労が襲い掛かってきますが、あんなに「後ろからいきなり首を絞められる」みたいなことは、ない。もっと「真綿で首を締められて、気が付いたら息ができない」みたいなのがリアルな歌舞伎かな(笑)。でも「んー? それはどうだろう」と思えば思うほど、自分は歌舞伎が好きなんだな、という気付きももらった映画でした。

――面白い感想です、ありがとうございます。『鷺娘』に話を戻して。初役なんですね。

尾上そうなんです。よく「『鷺娘』はやってるでしょ」と言われるのですが、やっていなかったんです。『鷺娘』は江戸時代から続く、古典中の古典。江戸芝居のエッセンスをしっかり自分の中に入れて、取り組んでいきたいです。また、自分がやるからには、藤間勘十郎先生とご相談しながら、今までにはない形を模索したいと考えています。この話、クライマックスは「死ぬパターン」と「死なないパターン」があるのですが、どちらでもないことをやりたいなと!

もともと「死ぬ終わり方」じゃないことをやりたいとはずっと思っていて、『鷺娘』と言えばの玉三郎のお兄さんも、若い頃は死んで終わりじゃない形でなさっていることもありました。お兄さんも、いろいろな形でなさっているわけだから、自分が「これはこういうもの」ということに縛られる必要はないなと思っていて。なんか、派手にやりたいですね(笑)。

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――どうなるのか、楽しみにしています。『春興鏡獅子』はもともと右近さんが思い入れを持っている演目で、第一回の「研の會」でも上演されたもの。昨年は歌舞伎座の本興行でもご出演されました。その作品をファイナルで再びという形ですね。1年前のインタビューはまさに歌舞伎座で『鏡獅子』をやっていらっしゃる最中にお話を伺っていて、そのときに「今までは『鏡獅子』に会うためにやっていた人生が、これからは『鏡獅子』をやり続けるための人生になった」とまでおっしゃっていました。きっと「これまでとは違う、これからの右近さんの『鏡獅子』」を提示してくださるのでは……と期待しています。

尾上この間「研の會」の(宣伝用)スチール撮影をしていて、まさに僕の中で新しい『鏡獅子』が始まってる! と思いました。歌舞伎の本興行で1カ月踊った、ということはとても大きいんだなとあらためて感じています。

第一回の「研の會」のときは、スチール撮影をする前に、毎日のように衣裳を着てお稽古して、身体に叩き込んで、撮影中も何度も写真を見ながら確認して調整して……とやったのですが、それでも上がった写真を見たら「なんか、表面をなぞっているだけだな」と思っていたんです。それが、今回の撮影ではすんなりいった。

『鏡獅子』に関しては撮影前にお稽古もしていないし、映像も観ていなかったんですよ。公演の合間をぬって弥生の扮装をしてポーズをとった、でもその瞬間に弥生になれました。『鏡獅子』という薬が点滴のように身体に浸透しているんだなと感じました。もちろん、そこからさらに浸透させていく部分もあれば、削ぎ落としていく部分もあるとは思いますが。昨年、歌舞伎座でやったときは「あれもこれも」という感じで、まだ硬かったと自分でも思いますしね。

浅いところで呼吸をしていて、それが緊迫感や緊張感を生んでいる面もあるとは思うけど、本来、弥生の踊りはそういうことじゃないと思っている。お殿様をおもてなしする踊りですから。もっと深呼吸をしながら、ゆったり、楽に踊れるようにしたいです。……「もっと、もっと」と思えることが幸せですね。僕の“藝阿呆”っぷりをお見せしたいと思います。

80代になっても楽しそうに舞台に立ちたい

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――右近さんの思いの詰まったファイナル、楽しみにしています。あらためて「研の會」、これまでの9回を振り返って印象的だったこと、右近さんの中で素敵な思い出になっていることを教えてください。

尾上この間、写真を整理していたんです。第一回のときの楽屋の様子を写したものの中に、両親が揃って写真におさまっているのがあって、ちょっと胸アツでした。深い理由があるわけじゃないですが、最近両親が一緒に写真を撮ることもなかったし、僕としても親は親だというような感覚でいたところがあるのですが、親の顔をしている親がそこにいました。ふたりに見守られて「研の會」は始まったんだな、いいスタートを切ったんだなということが、振り返ってシンプルにぐっときました。

――ちょっと予想外のお答えでしたが、とても素敵なお話です、ありがとうございました。最後に、恒例の質問を……。

尾上きた!面白いよね、この質問だけ、毎年続けません(笑)?

――呼んでいただければぜひ(笑)。ぴあでは年一度、「研の會」に際して右近さんに取材させていただいていて、その都度「現時点での、右近さんの歌舞伎に対する思い、どんな距離感で歌舞伎と向き合っているのか」という質問をさせていただいています。2023年は「恋から愛に移行している段階」、2024年は「愛着と執着は違う、大切に思うがゆえに距離感も大事」、そして2025年は「“無”に近い、とても満たされ、安心して歌舞伎と向き合っている。それは(この取材時)歌舞伎座でやらせていただいている『春興鏡獅子』がとても大きい」と答えてくださっています。さて、2026年の右近さんはどんな思いで歌舞伎と向き合っていますか。尾上……毎日やるのはけっこう大変……やっぱり休みがほしい……。

――おお。今までの中で一番人間らしいお答えじゃないですか?

尾上そうですか?1週間に1度休みがある興行があればそれに出たいし、そうできるならもっと歌舞伎のことが好きだと思う(笑)。とはいえ、休みの日に家で何をするかと言うと、歌舞伎を観ちゃうんでしょうけど。

嘘なく言えば、休み休みやりたい。『国宝』という映画を否定はしませんが、あの映画のように、芸のために人間離れしてしまうのは良くないと思うんです。役者として、人の心を維持するためには休んだ方がいいと思うし、その方がよりいい芝居ができるだろうという期待もあります。

――つまり、昨年「無心でやっている」と答えた状態を経て、今は「長く続けていくためのバランスをとる」という段階へ突入している……ということなのでは?

尾上そういうことかも。先輩方を観ていても思うことなのですが、80代になっても、楽しそうに舞台に立っていたいですよね。

【ロングインタビュー】尾上右近、次なる進化へ。「研の會」FINALの先に描く、歌舞伎への熱き思い


取材・文:平野祥恵撮影:石阪大輔


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販売期間:7月19日(日) 10:00~10月2日(金) 23:59まで
詳細は こちら(https://lp.p.pia.jp/article/news/499222/index.html) から


<公演情報>
尾上右近自主公演 第十回「研の會」FINAL

演目:
一、藝阿呆
二、鷺娘
三、春興鏡獅子

出演:
尾上右近
尾上琴也、丸山紗奈ほか
文楽座特別出演竹本織太夫、竹澤團七

【大阪公演】
2026年9月5日(土)・6日(日)
両日とも
昼の部11:00開演/夜の部16:30開演

会場:国立文楽劇場

【東京公演】
2026年10月2日(金)・3日(土)
両日とも
昼の部11:00開演/夜の部16:30開演

会場:明治座

尾上右近公式サイト:
https://www.onoeukon.info/

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