Enfants『One Man Live "Tiny Cosmos"』オフィシャルレポート「オルタナティヴ」とは何か? Enfantsに宿った「孤独」の代弁者としての才気
Photo:浜野カズシ
Enfantsが、『One Man Live "Tiny Cosmos"』を2月21日(土)東京・恵比寿ガーデンホールで開催した。バンドの始動から約3年半。自身のDNAを証明する『Q.』『E.』『D.』という3作のEPを経て、先日待望の1stアルバム『Bedford Hedgehog』をリリースしたばかりの彼ら。「引きこもりの賛歌」というテーマに制作されたアルバムの世界観を現実世界に拡張したようなこの日のライブは、Enfantsというバンドが他とは一線を画する「オルタナティヴ」ロックバンドであることを証明する、エポックな夜となった。
会場に入ると目に飛び込んできたのは、中心に鎮座するセンターステージ。そして、淡い光源で照らされた会場内には、子供の声などの生活音が流れていた。その後、松本大(vo&g)のMCで明かされたが、開場中のステージ演出は、彼が普段部屋で過ごす生活をイメージしたものということ。いつも窓を開けながら過ごす彼の部屋に入り込む、様々な環境音を再現したのだという。
これまでのワンマンライブとは異なる雰囲気に期待が高鳴る中、突如会場に雷鳴が轟く。雨音と青の照明に空間は包まれ、五感への刺激が高まっていった。
そんな中、突然の無音が生まれ、ステージに白色の光が差し込む。「星の下」で使用された、宇宙空間で交信を行うようなシンセサイザーの調べをSEとして、遂にEnfantsのメンバーがステージに登場した。松本と伊藤嵩(ds)、そして中原健仁(b)と大屋真太郎(g)が向き合う形で、菱形を作るように立ち位置に着く。ーー白く煙るステージに突然響いたのは、松本のギターの轟音。本公演『Tiny Cosmos』は「惑星」という曲からスタートした。
この時点で彼らに大きな熱が帯びていたことは明らかだったが、頭上に配された蛍光灯のフラッシュと共に飛び込んだ「HYS」で、早々にフロアはピークタイムへ。
真紅に染まる会場では、歪んだグランジサウンドの中でシンガロングを煽るメンバーに、オーディエンスは拳と声で呼応し続けた。そして、中原の蠢くようなベースリフで続けざまに飛び込んだ「デッドエンド」では、ハンドマイクとなった松本がステージを縦横無尽に駆け回り、センターステージという空間を完全掌握。「曲と同じくらい、人間にパワーがあった方がかっこいいでしょ。俺はそういうバンドでいたいんだよ」と松本はこの日のMCで語っていたが、普段とは異なり、強制的に観客の視線が散らばるセンターステージでのライブにも関わらず、最序盤でオーディエンスを魅了した彼らの姿は、メンバーがそれぞれが人間的な魅力を放っていたことの証明と言っていい。
そんな序盤からスタートしたこの日は、彼らのほぼすべての楽曲を披露する夜に。その中でも白眉だったのは、「洗脳」と「天国に生まれた僕ら」を続けて披露した時だ。前者は松本の囁くような独唱からスタート。センターステージという、内側を向いてオーディエンスをある意味無視することも可能なステージだからか、松本の声がより孤独に響き渡った。
そして、中盤に置かれた大屋の泣き叫ぶようなギターソロを合図に、徐々にバンドの狂気が増していく。
<闇の中で踠き続ける痛みこそが幸せ>という松本の絶叫と共に、外界を拒絶するような赤い光のカーテンの中で4人は、激情に身を任せてプログレ的にアウトロを紡いだ姿は圧巻の一言。ーーそして少しの無音の後、「天国に生まれた僕ら」のイントロが鳴った瞬間、明らかに会場の空気は変貌。アメリカでレコーディングされた本楽曲は、明白に他の楽曲とは異なるカラッとした音色で織りなされたミドルバラードだ。奥底に込められた松本の「愛が故の痛み」というテーマは、密室の中での感情を綴った「洗脳」と共通項はあれど、<何度も抱き締め合う/僕の世界はもう終わった>と語る本楽曲は、この日のテーマでもある「松本の部屋」から一歩外に出た世界線の楽曲で。伊藤が鳴らしたスネアの柔らかで芳醇な響きのように、シーンの変化を機微の効いたスキルで表現した姿には目を見張るものがあったし、バンドの楽曲表現のレベルの高さを見せつけるには十分な時間だった。
今語った2曲を含め、彼らのサウンドは楽曲ごとに姿を変える「オルタナティヴロック」と大きくは評されている。時代時代で、シーンのカウンターかつミクスチャーな音楽性に対して与えられてきた「オルタナティヴ」という言葉。
単純に日本語に訳すと「代わり」と解釈されるこの単語だが、セットリストが進むごとに、彼らに対してはサウンド面以外でも合致する言葉であることに気づく。<どうか僕に明確で有意義な役目を下さい>(「社会の歯車」)、<ハロー ハロー ハロー ハロー/懲りず死に損なってゆく>(「Punk Head」)……このように各楽曲で叫ばれている松本の言葉は非常に内省的な言葉でありながらも、誰しもが抱えてしまう「孤独」や「怒り」の感情表現であり、多くの人が言語化したくてもできない想いの数々だ。その言葉の表現力だけでは、Enfantsの音楽は人々にリーチしない可能性もあるのだが、フロントマンの松本に唯一無二の歌声とメロディセンスという武器がしっかり装填されているからこそ、彼らにはさらに多くの人に届き得る可能性が光っている。
つまりEnfantsは、音楽ジャンルとしてだけではなく、聴き手にとっての代弁者のように自らの感情を吐き出してくれる「オルタナティヴ(≒自分の代わりの)」なバンドになり得る力を持っているのだ。エッジの効いたサウンドメイク、人々の代弁者たらしめる言葉の力と歌の強度ーーこの両面を持つことこそが、彼らが今シーンで唯一無二の存在感を放つ要因と言えるだろう。
松本は本編ラストのMCで、実はこの 『Tiny Cosmos』を自らの進退を賭けた場として設定していたことを明かした。メンバーを「付き合わせてしまっている」という意識から、松本のソロプロジェクトとして始まったEnfants。しかし、中原の「俺らはそれぞれやりたくてやってるわけよ」という言葉に表れていたように、彼らは今バンドとして本当の意味で歩みを進めている。
「もうちょっと広げていきたいし、続けていきたい。時間の許す限り、気の許す限り、一緒にいつまでもどこまでも遊んでいこう」という彼の最後のMCは進退に関しての結果発表だったのだろう。本編ラストを飾った「星の下」で歌われた、Enfantsの<醜くあって美しい僕らの抵抗>は、彼らが貴方の「代わり」に歌い、貴方が彼らの音楽を受け止め続ける限り続いていく。
令和に生まれた「孤独」の代弁者となる「オルタナティヴ」ロックバンド・Enfants。彼らの未来に期待せざるを得ない、美しき夜だった。
Text:黒澤圭介Photo:浜野カズシ
<公演概要>
Enfants『One Man Live "Tiny Cosmos"』
2月21日(土)東京・恵比寿ガーデンホール