岸谷香『LIVE TOUR 2025 “58th SHOUT!”』「封印していた曲をアレンジし直して、歌詞の一部も変えてみたら、演奏するのが楽しくなりました」
(Photo:河合正仁)
Text:長谷川誠Photo:河合正仁
岸谷香が自身のバンド、Unlock the girlsと回った全国ツアー、『LIVE TOUR 2025 “58th SHOUT!”まさかのリクエスト ~あの曲が聴けるとは思いませんでした~』のファイナル公演が、7月26日、東京・恵比寿ガーデンホールで開催された。このツアーは、“まさかのリクエスト”という言葉があるように、事前にファンからリクエストを募り、その結果を参考にしてチョイスしたセットリストになっているのが大きな特徴だ。プリンセス プリンセス時代のレアな曲もいくつか選ばれており、イントロが始まった瞬間に、歓声があがるシーンもたびたびあった。
だが、“まさか”は選曲だけではなかった。岸谷香(vo、g、key)、Yuko(g、cho)、HALNA(b、cho)、Yuumi(ds、cho)というメンバー4人がステージ上に姿を現したのだが、全員楽器を持っていなかったからだ。横一列に並んでハンドマイクを持ち、プリンセス プリンセスのアルバム『DOLLS IN ACTION』(1991年発表)の1曲目の「Dear」を歌ったのだ。アンビエントなピアノのシーケンスが静かに響く中、岸谷が1フレーズをソロで歌い、HALNAのコーラスが加わり、さらにYukoとYuumiが加わり、4人によるコーラスとなったのだ。アカペラを思わせる美しいハーモニーでの始まり方に盛大な拍手が起こった。
Yuumi(ds、cho)
一転して、Yuumiのパワフルなドラムから始まったのは疾走感あふれる「それなりにいいひと」。プリンセス プリンセスのアルバム『LET’S GET CRAZY』(1988年発表)収録曲で、ギターサウンドを軸としたハードロック調のナンバーだ。途中でキーボードを弾いたり、Yukoが向き合ってギターを弾いたり、岸谷の自在な演奏が楽しい。全員が一丸となっての演奏で、会場内に熱気が充満。さらに「And the life goes on」へ。この曲は5月21日リリースの最新作『Unlock the girls 4 -ボディガード-』収録曲だ。ギターリフが印象的なシャッフルのロックナンバー。聴き手を挑発して高揚させていくようなアグレッシブなパワーが詰まっている。
歌も演奏もソリッドでシャープだ。この曲の演奏後、岸谷が今回のツアーの趣旨を次のように説明した。
「今回のツアー、最高でした。なぜかというと、企画がおもしろかったから。リクエストを募ったら、今まで封印していた黒歴史の曲もあがってきたんですね。その曲を girls(Unlock the girls)に聴かせたら、『かっこいいじゃん。せっかくだからやりましょうよ』ということになり、これまで封印していた曲を今の自分の感覚でアレンジし直して、歌詞の一部も変えてみたら、演奏するのが楽しくなりました」
そんなMCに続いて、その黒歴史の曲、プリンセス プリンセスのアルバム『TELEPORTATION』(1987年発表)収録曲の「ヒプノタイズド」が演奏された。原曲はシンセサイザーを軸とした80年代のテイストが濃厚に漂う曲なのだが、今回のツアーではバンドサウンドを軸としたファンキーなダンスナンバーへと生まれ変わっていた。
岸谷のマジカルなボーカル、Yukoのリズミカルなギター、HALNAとYuumiのコーラスも魅力的だ。セクシーなテイストのある曲だが、挑発的かつ自立的な楽曲になっているところが現代的だ。続いて演奏されたのは、バンドの代名詞的なダンスロックナンバー「Unlocked」だ。岸谷、Yuko、HALNAがジャンプしながら演奏し、観客もハンドクラップしながら踊っていた。開放感あふれるバンドサウンドが気持ちいい。さらに奥居香名義で発表した「タンポポ急行」へ。岸谷のみずみずしい歌声と列車が走行するような力強いグルーヴが特徴的なナンバーだ。この曲でも岸谷がキーボードを弾く場面があって、“タンポポ急行”がさらに加速していくようだった。
MCコーナーを挟んで、最新作『Unlock the girls 4 -ボディガード-』収録曲の「L⇔R」が演奏された。ライブで盛り上がることを念頭に置いて制作されたナンバーだ。岸谷の自在な歌声、疾走感と切迫感とが共存するグルーヴ、メリハリのある演奏に大きな歓声が起こった。太陽の光が降り注ぐような温かな歌と演奏が印象的だったのは「妄想サニーデイズ」。温かさとキラキラ感を備えた歌とコーラスによって、胸の中にまで陽光が届いてくるようだった。プリンセス プリンセスのミディアムバラードの名曲「ジュリアン」は、オリジナルの魅力を活かしたアレンジでの演奏。しかし、今の岸谷が歌い、Unlock the girlsが演奏することによって、2025年のUnlock the girlsの「ジュリアン」になっていると感じた。
続いて演奏された「marble」も最新作『Unlock the girls 4 -ボディガード-』収録曲で、岸谷と親交のある一青窈が作詞を手がけている曲だ。
岸谷の深みのあるヒューマンな歌声、Yuko、HALNA、Yuumiのニュアンス豊かな演奏が柔らかく染みてきた。バンド結成から8年目となるのだが、彼女たちは独自の世界観を見事に構築していた。余韻の残る歌と演奏に大きな拍手が起こった。岸谷の優しい歌声に聴き入ったのは「覚えていてほしいな」だ。人間味のあふれる歌とコーラス、Yukoのジェントリーなギター、HALNAの深みのあるベース、Yuumiのふくよかなドラムが実に気持ちよく届いてきた。
Yuko(g、cho)
HALNAのモータウン調のベースに乗って会場内がハンドクラップをして始まったのは、「Diamonds<ダイアモンド>」だった。「みんなも一緒に歌って踊ってね」と岸谷。朗らかな歌声と麗しいコーラス、躍動感あふれる演奏によって、会場内に楽しい空気が充満した。
岸谷がハンドマイクを客席に向けている。観客もシンガロングとハンドクラップで参加。“宝物”のようなかけがえのない瞬間が出現した。「もっともっと踊れる?全速力で走れる?」と岸谷が観客をあおって、「STAY BLUE」「GUITAR MAN」とたたみかけていく展開になった。Unlock the girlsの4人の生み出すエネルギーと観客の熱気とが混ざり合っていく。岸谷、Yuko、HALNAがYuumiを囲むようにして、フィニッシュすると、熱烈な拍手が起こった。
岸谷香(vo、g、key)
「新曲だよ!」という岸谷の言葉に続いては、最新作『Unlock the girls 4 -ボディガード-』のタイトルナンバーである「ボディガード」が演奏された。アグレッシブなロックでありながら、ヒューマンなテイストを備えているナンバーだ。
ダメなところもすべてさらけだすような、開けっぴろげな岸谷の歌声がダイレクトに届いてくる。そして、その歌声と呼応するような、ロックンロールスピリッツと歌心を兼ね備えた演奏も見事だ。
「今日はいつもよりもミラクルな瞬間がたくさんあった気がします。きっとみんなの勢いとエネルギーのおかげだね。今回は私の黒歴史を塗り替えるという大きなテーマがありました。また、それとは別にgirlsでやりだして8年目になるんだけど、少しでも多くUnlock the girlsの良さをわかってもらいたいと思って、コーラスにフォーカスを当てて、ステージを作ってきました」
そんな岸谷の言葉に続いて、本編最後にプリンセス プリンセスの「REGRET」が演奏された。原曲もコーラスがたっぷりフィーチャーされていたが、岸谷、Yuko、HALNA、Yuumiによる新たなコーラスワークが構築されることによって、新鮮な表情が見えてくる「REGRET」となった。切なさやノスタルジーもあるのだが、みずみずしさがほとばしっていたのだ。この曲のタイトルを訳すと、“後悔”だが、メンバーたちの晴れやかな表情が、やりきった満足感を物語っていた。その4人に対して、惜しみない拍手と歓声が鳴り止まなかった。
アンコールは、岸谷のこんな言葉から始まった。「前回のUnlock the girlsのツアーから1年が経ちました。この1年の間にいろいろなことがありました。みんなも良いこと、悪いこと、いろいろあったと思いますが、今日はせっかくだから、いいことをシェアしようと思います。ギターのYukoが結婚しました。みんなで幸せを分けてもらいましょう」という岸谷のMCに続いて、「ウエディングベルブルース」が演奏されたのだ。この曲では岸谷はキーボードを弾きながら歌っていた。Yukoが照れくさそうに、でもうれしそうにギターを弾き、観客がハンドクラップで祝福。温かな歌声、コーラス、演奏によって、会場内が感動に包まれた。曲の最後のYukoのギターソロで、岸谷、HALNA、YuumiがYukoを祝いながら見守る姿が印象的だった。バンドのこの絆がUnlock the girlsの演奏を特別なものにしているのは間違いないだろう。
HALNA(b、cho)
アンコールの2曲目に披露されたのはプリンセスのラブソングの名曲「One」だった。岸谷はキーボードを演奏しながらの歌。オリジナルよりもコーラスが多めのアレンジになっていた。演奏が終わり、4人がステージの最前列に並んで手をつないで挨拶すると、熱烈な歓声と拍手。アンコールを求める声と拍手がやまず、急きょ、Wアンコールとなり、「ハッピーマン」が演奏された。岸谷の伸びやかな歌声が真っ直ぐ届いてくる。ソリッドでパワフルなバンドサウンドから明るいエネルギーがほとばしった。バンドの4人だけでなく、ハンドクラップや歓声によって会場内が一体となって、「ハッピーマン」を奏でていた。会場内の全員をもれなくハッピーにしていく大団円のステージとなり、ツアーは幕を閉じた。
2026年にUnlock the girlsでのツアーが開催され、豊洲PITでのステージが決まっていることも発表された。また、9月からは岸谷香ソロの弾き語り全国ツアー『KAORI PARADISE2025』も予定されている。音楽のさまざまな楽しみ方をできるのは、実にラッキーなことだ。この恵比寿ガーデンホールではバンドだからこその楽しさをたっぷりと堪能した。コーラス、グルーヴ、アンサンブル、そして、メンバー間の絆の素晴らしさを実感した。ツアーのファイナル公演ではあったのだが、終わったというよりも、次に繋がっていくステージという印象を強く受けた。岸谷の黒歴史を白歴史に塗り替えるだけでなく、Unlock the girlsの8年目の新たな歴史の力強い一歩を刻んだ夜となったからだ。
<公演情報>
『KAORI KISHITANI“40+1st” Anniversary LIVE TOUR 2025 “58th SHOUT!” まさかのリクエスト~あの曲が聴けるとは思いませんでした~』
7月26日 東京・恵比寿ガーデンホール