ブルータス、ハムレットを経て――吉田羊、シリーズ三作目で“悪の権化”『リチャード三世』に
(撮影:渡邊明音)
『ジュリアス・シーザー』(21年)、『ハムレットQ1』(24年)と続いてきた、シェイクスピア×演出:森新太郎×主演:吉田羊のシリーズ。第三弾となる今回は『リチャード三世』が上演される。政敵を次々に葬り去って王座につきながら破滅していくという悪役に、吉田羊が挑戦。その心をどう理解し、どう表現するのか。吉田ならではの深い取り組みがすでに始まっている。
リチャードは“性悪”ではない
──このシリーズではこれまで、ブルータスとハムレットという正義と清廉の人物を演じてこられました。打って変わって、今回の『リチャード三世』は“悪の権化”が主人公です。まずどう受け止められましたか。
最初は、『ジュリアス・シーザー』のあとの2作目として、森さんが『リチャード三世』を挙げられていたんです。「なぜならば、ブルータスの真逆の役だから、今度はこういう役の羊さんを見たい」とおっしゃって。結局、2作目は『ハムレットQ1』になって、『リチャード三世』が3作目になりましたけど。その「真逆の役を見てみたい」という森さんのリクエストには私も挑戦したいと思いました。
──挑戦するにあたって、リチャード三世をどう捉えられていますか。平和になった世を憎み、王位への野心を抱いて、策略によって兄や貴族を次々葬って王座を奪取する……という人物ですが。
松岡和子さんが翻訳された原作戯曲を読んだときに、私はリチャードいう人が面白くて仕方がありませんでした。というのは、悪の代表とされていますが、性悪ではないと私は思ったんです。
台詞に「どうせ俺なんて」とあるように、どこか卑屈さや嫉妬心があって。この醜い容姿にかかわらず愛情を受けて育っていれば俺はこうはならなかった、という思いを感じる。だから、自分が受けてきたそういう処遇に対抗する武器として頭の回転の速さや詭弁を身に着けて、一生懸命自分の人生を立ててきたのでしょうし。悪の部分は、彼の人生が背負っている哀しさかもしれないなと思うので。今回の役作りは、“リチャードは本当に悪の権化だったのか!?”というところから入っていきたいと思っています。
──でも、悪の限りを尽くすんですよね(笑)。
そうなんです(笑)。周りを蹂躙して、あっという間に首を切っていって、それをまるで椅子取りゲームのように楽しんでいるところがある。
きっと、人より劣っていると思っている自分が人を支配できているという高揚感はあるんだろうなと思います。見下され、虐げられてきたからこそ、人を見下す立場になることで自分という存在を保っているのかもしれないなと。だから、サイコパスではないと思いますし。身近な話に置き換えると、誰かと話しているときに自分の意見が通った瞬間や論破できた瞬間って気持ち良くなるもので、リチャードが感じる高揚感は、誰にでもある感情ではないかなと思います。自分はそうじゃないと思い込んでいるだけで。
──観客も自分のなかのリチャードに気づくかもしれませんね。
ただ、全然気づかなくてもいいと思うんです。まずは純粋に作品として楽しんでいただいて、「やっぱり悪の権化だった」と思ってもいいし、リチャードに自分を重ねてスッキリしてもいいし、それぞれでいいと思っています。
性別を超えて立ち上がる“人間リチャード”
──このシリーズではこれまでも男性の主人公を吉田さんが演じてこられました。とくに今回のリチャードを女性が演じることは、どんな効果をもたらすと思われますか。
女性である私がリチャードを演じることで、政治の世界におけるこういった嫉妬や支配欲が、決して男性だけのものではないということを感じていただけるのではないかと思っているんですけども、奇しくも日本で女性のリーダーが誕生しましたから、より身近に感じていただけるのではないでしょうか。ただ、森さんも私も、男性役を演じようとするのではなく、あくまで人間ブルータス、人間ハムレットを演じたいと思ってこれまでもやってきているので。今回も人間リチャード三世を演じたいですし。ましてや今回は、篠井英介さんが女方として出演されていて、いつか女方の篠井さんとお芝居したいと思っていた私の夢も叶うんですけども。その意味でも、性別を超えて普遍的な人間の弱さやずるさが浮き彫りになったらいいなと思っています。──それでも、自分のなかの男性性が湧き上がってくることもあったりしましたか。
ブルータスが勇ましい台詞を喋っていれば、何となく勇ましい体つきに近づいているなと感じることはありました。でも、『ジュリアス・シーザー』はワンピースという中性的な衣裳だったので男性の体つきを意識せずに済みましたし。ハムレットは少年のようでもあったので、性別も年齢も超えた存在であれた気がします。そしてリチャード三世は、それこそ男性でも女性でもない、悪を象徴する“生き物”のような感じなのかなと(笑)。なので今回もやはり、男性役ということは意識せずに演じられそうです。
──体つきのことで言うと、リチャード三世といえば、背が曲がっているという特徴があります。そこはどう挑んでいかれますか。
昨年、三谷幸喜さんの舞台『蒙古が襲来 Mongolia is coming』で老婆役を演じたとき、毎日マッサージと鍼でメンテナンスをしても追いつかないくらい大変だったんですけど。
背中の湾曲は戯曲に明確に書いてありますし。ただ、遺骨発掘によって明らかになった実際の姿を思うと、シェイクスピアが書いた彼の容姿はあくまで「比喩表現」とも取れます。森さんと相談しつつベストな形を見つけたいと思います。
──リチャードは生きるために詭弁を身に着けたというお話をされていましたが、暴力だけでなく言葉でも人を支配していく人物です。俳優として、その“言葉の魔力”をどう立ち上げたいと考えておられますか。
シェイクスピア作品の魅力は言葉の美しさにあると思うんですけど、今回は耳をふさぎたくなるような罵詈雑言にあふれています。「こんなにバリエーションがあるんだ!」と思うくらいに(笑)。でも、シェイクスピアが書くとなんだか美しいんです。
言葉にリズムがあるからなのでしょうけど、うっかりいい言葉じゃないかと勘違いしてしまう。その証拠に、聞いた相手はまったくイエスとは思っていないのにいつの間にか白旗を上げているんです。その手を震わせながら。言葉という綿で締め上げているというのでしょうか。締められている相手は綿だから気づかない、けど、気づいたらガッチリ締まっているというような。
──脅されているのに、愛を感じるくらいになっていくのでしょうね。
錯覚させるんですよね。おそらくそこには、リチャード三世という人が持っている人間力みたいなものがあるんだと思います。なぜかこの人の言葉を聞いてしまうという魔力が。それはシェイクスピアの言葉の力を借りながら身に着けたいと思いますし。リチャードは俳優の面も持っているなと思っていて。彼の周りの人物だけでなく観客をも裏切りながら大芝居を打っていくんですよね。なので私も、「この人本当に反省をしているのでは?」と思わせるような、いい意味でお客様を裏切る大芝居を打てるように試みたいと思います。
発見が止まらない、シェイクスピアという迷宮
──改めてお聞きしますが、この森新太郎さん演出、吉田羊さん主演のシェイクスピアシリーズも第三弾まできました。ご自身にとってどんな存在になっていますか。
シェイクスピアは役者を捉えて離さない不思議な魅力があるなと感じています。膨大な台詞と闘いながらも、戯曲を読み解いていく稽古時間は、毎日、思いもよらない発見の連続で。おまけに、掴んだと思った先にもうひとつ扉があったりして、永遠にこの作品のなかで遊んでいられると思わせてくれる、私にとってはもはや、ご褒美のような時間になりつつあるんです。とはいえ、負荷やプレッシャーはやはりほかの作品とは違うものがあって、毎回ステージに出るたびに「もう帰りたい」と思いますし。実は、最初の『ジュリアス・シーザー』を終えた時点で、三部作にしようと森さんと決めていたんですけども、前回の『ハムレットQ1』が終わったときにやりきった感があって、またやりたいと思えなくて、もう3作目はいいかなと思ったんです。ところが、1ヶ月くらい経つと、「次は何をやろうかな」と考えている自分がいて。それくらい、シェイクスピアは発見の回数が多く、発見した瞬間の喜びは大きいなと感じます。
──どんな発見があるものなんですか。
そもそも作品については、森さんがすごく勉強して読み解いてくださって、私たちはその解釈を面白く聞き、稽古中に散々やり尽くしているんですけど、不思議なことに、本番に入って相手役の方と台詞を交わしているときに、ふとその言葉の意味がわかる瞬間があるんです。たとえば、『ジュリアス・シーザー』のときは、台詞を言いながら、「あれ?この台詞のベクトルはこの人じゃないな」と気づいて、終演後に「森さん、あそこの台詞、この人じゃなくてこっちの人に言ってるんじゃないかな」って言ったら、森さんもその発見を一緒に喜び楽しんでくださったり。『ハムレット』のときも、劇中劇のシーンでふと、「これって悲しい台詞だったんだ」と気づいたことがありました。
──今回もまた発見があるかと思いますが、それも含め、『リチャード三世』にどう向き合い、どう届けていきたいと思われますか。
シェイクスピアというだけで苦手意識を持つ方もおられると思います。「難しいんでしょう。長いんでしょう」と。でも、このシリーズはそんな方にこそ観ていただきたいんです。というのも、森新太郎×シェイクスピアの醍醐味のひとつは疾走感だと私は思っているのですが、森さんが原作をカットして、たとえば4時間かかるものも2時間半くらいにギュッと凝縮してくださっているので、スッキリとわかりやすくなっているんです。しかも、今回カットしたのがリチャードの残虐性を最も象徴しているシーンだったりするんですけど、それを誰かの台詞で伝えることで、より想像力を刺激する作りになっています。ですから、お客様の想像力をお借りしながら、「始まったらあっという間だったね」「シェイクスピアってこんなに面白いんだね」と思っていただける作品を目指せると思っているんです。
──三部作で終わるのは惜しいですね。
私もこれが終止符だと思うと寂しい気持ちもあるんですけど(笑)。ただ、私が男役を演じるシリーズは一旦終了でいいかなとは思っています。今後は、マクベス夫人など、女性の役でやっていくのも面白いかなと。そして、森さんがその気になってくださったら、シェイクスピア全33作品を目指したいなと思ったりしています。
──期待したいです。
ありがとうございます。期待していただけるうちは頑張らなきゃなと思っています。
取材・文:大内弓子撮影:渡邊明音
<公演情報>
パルコ・プロデュース2026『リチャード三世』
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出:森新太郎
出演:
吉田羊
愛希れいか中越典子赤澤遼太郎増子倭文江浅野雅博星智也清田智彦
篠井英介渡辺いっけい
【東京公演】
2026年5月10日(日)~31日(日)
会場:PARCO劇場
【大阪公演】
2026年6月6日(土)・7日(日)
会場:森ノ宮ピロティホール
【愛知公演】
2026年6月13日(土)・14日(日)
会場:東海市芸術劇場 大ホール
【福岡公演】
2026年6月20日(土)・21日(日)
会場:久留米シティプラザ ザ・グランドホール
【岩手公演】
2026年6月27日(土)
会場:奥州市文化会館Zホール 大ホール
関連リンク
チケット情報:
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