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被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。

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被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。

(撮影:塚田史香)



1995年1月17日5時46分に起きた阪神・淡路大震災を経験したウォーリー木下。その自伝的物語を虚実ないまぜにして『1995117546』として演劇として立ち上げる。本人役に抜擢されたのは、長く『ハイキュー!!』で創作をともにしてきた須賀健太。その演出がウォーリーから須賀に引き継がれるなど、強い信頼関係のあるふたりが、実験とも言えそうな演劇づくりに挑んでいく。

「僕、ウォーリー役ですよね」って最初に確認してた(笑)

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


──まずウォーリーさんにお聞きします。『1995117546』はご自身が阪神・淡路大震災で被災された経験に基づいた作品ですが、上演を決めるまでにはどんな心の経緯がありましたか。

ウォーリー地震を描くことは一生ないだろうなと思っていたんです。自分のことを書くのは恥ずかしいし、自分から近すぎる出来事でよくわからないということもありましたし。
ただ、個人の力ではどうしようもないような大きな何かに人はとらわれることがあって、その中で生きていかなくてはならない、ということをモチーフにしている文学や戯曲は好きで、よく取り上げていたんです。それが地震と結びついているとは自分でも明確に思っていなかったんですけど。そんな中で、3年前くらいに、人に見せるわけではなく地震のことを具体的に書いてみたくなり、ひっそりと書き始めました。そのあとに今回のプロデューサーに被災の経験があることを話す機会があったりして。さらに、兵庫県立芸術文化センターさんから、開場20周年が地震から30年に当たるので、もはや歴史の出来事みたいになって知らない人が多くなった地震のことを思い出すような企画をやりたいと聞いて、「これは“今やれ”っていうことなんだな」と思ったんです。今なら恥ずかしがらずに作品にできそうな気がするし、ドキュメンタリータッチの演劇にすれば僕の中では実験的なことができるし、面白くやれそうだなと。そうして本格的に戯曲を書き始めたんです。

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


──一方、そのウォーリーさんが経験された地震をもとにした舞台に出演することになった須賀さん。
まずどう思われたのでしょう。

須賀僕はもう、ウォーリーさんの作品に出演できるのが嬉しいことなので、すぐにやらせてくださいとお返事して。ウォーリーさんの体験をもとにするんだということは、後々いろいろ聞く中で知りました。

ウォーリーそれで、「僕、ウォーリー役ですよね」って最初に確認してた(笑)。

須賀だって、これだけご一緒してきて、ウォーリー木下をほかの人にやられたくないですよね(笑)。でも本当に、ウォーリーさんと複数回ご一緒されている役者さんはたくさんいるので、すごく光栄に思っています。被災されたことついては、前にちらっと聞いたことがあっただけなので、稽古が始まってから、ウォーリーさんからもらえるものを大事にしながら演じたいなと思っていますけど。

ウォーリーただ今回は、ストレートに被災経験を描くというのではなく、チラシのデザインにもあるように、地層のようにレイヤーがいくつもあるお話になっていて。
それはたくさんのエピソードを書きたいと思って始めたら自動書記のようにそうなっていったんですけど。だから、健太もほかにもいろいろな役を演じるし。稽古場で話し合いながら、「このシーンいらないね」「ここにセリフが必要だね」と、みんなでクリエーションしていきたいので。最終的にどういうものができるのかは、僕も楽しみにしているんです。

「これ舞台でどうやるの?」がいつもより多い


──現段階の戯曲では、建物の下敷きになっている人物の妄想のような、時空が飛んだシーンが出てきたりしています。

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


ウォーリーリアリズムのある会話だけど本当にあったことなのか、誰かの意識世界なのか、夢か現実かわからないようになるべくあやふやに書こうという気持ちは強くありました。僕はゲルハルト・リヒターというドイツの抽象画家が好きなんですけど、一度描いた絵の上に別の絵を描くっていうことを何回も繰り返していて、まさにいくつものレイヤーがあるところが、すごく演劇的だなと思ったんです。舞台は、物語のレイヤーだけでなく、音楽、映像、ダンスといくつものものを走らせることができますし。
今回はそこをかなり突き詰めてやろうと思っています。

須賀たぶん、この場面とこの場面は舞台上で一緒にやる、というようなことが起こるんだと思います。これまでのウォーリーさんとご一緒した経験からすると。しかもいつも、「これ舞台でどうやるの?」と思うト書きが多いんですけど、今回はそれがより増えている気がするんです。でも、それこそがウォーリーさんだし、それを僕ら役者の身体を使うことでクリアに立ち上げていって、その一方でちゃんと会話もしているというのが、ウォーリーさんらしいなと僕は感じています。

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


──役者が動くことになりそうですか。

ウォーリー健太はほぼ車椅子に乗っているんです。だから、須賀健太の身体性を奪うのが今回のテーマです(笑)。


須賀そのうち我慢できなくなって、立ち上がったり、車椅子でドリフトするかもしれないです(笑)。

ウォーリーただ、舞台美術が瓦礫なんだよね。まだどう表現するかは決めてないけど、動き回るのはちょっと危ないかもしれない。それで考えている演出のひとつが、「感覚遮断」なんです。これも演劇でしかできないことだと思うんですけど、例えば、暗転という演劇独自の真っ暗な世界を作る。その中で声が聞こえてきたとき、誰が喋っているのか、本当の声なのか録音なのか、わからなくて感覚がおかしくなったりする。あるいは、人はいるけど喋らないで映像だけが流れているとか。聴覚や視覚をひとつずつ外しながら表現することができると面白いかなと思っているんです。
つまり、地震で下敷きになった人物の意識の変容を、観ている人にも一緒に体験してもらえたらなということなんですけど。

全員野球。みんなで新しい境地に入れたら


──まさしく、被災経験をストレートに描くものにはならなさそうなところが興味深いです。地震に限らず戦争もそうですけど、悲惨な目に遭った人々を描く物語がたくさんある中で、ウォーリーさんはなぜその独自の描き方を選ばれたのですか。最初に出されたコメントでも、「『お涙頂戴』にはならないので安心してください」とおっしゃっていました。

ウォーリーそれはやっぱり、僕自身があのとき6時間生き埋めになっていた、ということが大きいです。こういう話を描くときには、鎮魂であるとか、風化させないようにであるとか、もしくは善良な人々の姿であるとか、何かしら素晴らしいメッセージを後世に伝えようとすると思うんですけど、僕はそういう忖度みたいなことは必要なくて(笑)、自分が経験したことを書いていい。だから、あの大変な状況の中で意識がおかしくなることを演劇にしてみたいと思ったんです。演劇はそういうことを表現しやすい媒体だと思うので。
もちろん話の中心には震災があるんですけど、メッセージ的なものよりは、大げさに言えば人間の意識のあり方や世界のあり方みたいなものを表現することに、演劇という媒体を使いたかったんです。言ってみれば、岩盤事故で閉じ込められた人を描いたミュージカル『フロイド・コリンズ』みたいな感じで。人間がどうしようもない状況に陥ったときに起こる悲喜こもごもから見えてくる面白さを、描いていくことになると思います。

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


須賀僕自身も、地震という題材をウォーリーさんがどう書くのかなと思っていたんです。センシティブなお話が個人的にちょっと苦手だということもあったので。でも、戯曲からも今の話からも、ドキュメンタリー的なリアルな質感もありつつ、そうではない、ウォーリーさんの言ういろんなレイヤーの部分を探っていけるのが面白そうだなと感じましたし。ちゃんと一本の作品として面白いものにできるようにしたいなと改めて思います。

ウォーリー健太が言うように、こういう話ってどうしてもセンシティブな方向になりがちだけど、僕としてはそれは望んでいなくて。「人間ってこんなことになっちゃうんだ、面白いよね」というようなことを、みんなで一緒に考えて作っていきたいんです。

須賀ウォーリーさんは、考えて作るっていうことを体験させてくれる演出家で、そういう人と出会ったのは、僕は初めてでした。「こう動いてください」「こう演じてください」ではなく、それも演出の大事な仕事ではあるけれども、それとは別のベクトルで、役者もスタッフチームもみんながアイデアを持ち寄ってそれをひとつにしていく、ということを楽しませてくれて。全員にだんだんそういう思考回路ができていって、自発的に何かを生み出していくようになって、そこでまた変化していくというのが、すごく心地いい時間でした。

──今回は自分からどんなものを提示することになりそうですか。

被災経験が演劇でしかできない表現に昇華。ウォーリー木下の体験を須賀健太が演じる。


須賀今回は、でも、受け身でいて、やりすぎないようにしようかなと思っています。自分も演出をさせてもらったり、いろいろな作品を経験したりする中で生まれてきた自我みたいなものはちょっと置いておいて、久しぶりにウォーリーさんとピュアに作っていきたいなと。ほかのキャストから出てくるものを阻害しないようにしたいし、そのためのキャスティングじゃないかなと思っているんです。

ウォーリー確かに、健太がいるだけでだいぶ助かります。僕の稽古場は、セリフを覚えてきてどうやるかをプレゼンテーションする場所ではなく、お互いにキャッチボールしながら作っていくのが大前提で、健太は、そのボールの投げ返し方が毎回素晴らしいんです。しかも今回は、人数が少ないこともあって全員野球になるのは間違いないので、健太にとっての新しい全員野球になるように僕は頑張りたいし。みんなで新しい境地に入れたよねという作品になるといいなと思っているので、その火を健太につけてもらえたら嬉しいです。

須賀早く稽古がしたいです。というか、ウォーリーさんの場合は稽古じゃなくクリエーションの時間なので。どんなクリエーションができるのか、今からワクワクしています。

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取材・文:大内弓子撮影:塚田史香

<公演情報>
舞台『1995117546』

企画・作・演出:ウォーリー木下
音楽:三國茉莉
出演:須賀健太、中川大輔、斎藤瑠希、前田隆成、田中尚輝、小林唯

【兵庫公演】
2025年12月13日(土)・14日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

【東京公演】
2025年12月18日(木)~27日(土)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト

関連リンク
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/1995-117-546/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2562855&afid=P66)

公式サイト:
https://www.1995117546.com/

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