『脛擦りの森』渡辺一貴監督インタビュー 「一生さんは毎回“想像の上”をいくお芝居をしてくださる」
『岸辺露伴は動かない』シリーズ、『ショウタイムセブン』の渡辺一貴監督の新作映画『脛擦りの森』が4月10日(金)から公開になる。本作は妖怪“スネコスリ”のエピソードをベースに渡辺監督が脚本も手がけたオリジナル作品で、監督のこれまでの要素が最も色濃く出た作品になった。
渡辺監督は「自らの作家性みたいなものはまったくわかっていなくて、自分が納得いく、気持ちの良い作品になるようにワンシーンワンシーン撮影しているだけなんです」と笑みを見せるが、一方で本作を「自分の中では他にない立ち位置の映画だと思います」と語る。
本作の舞台は森の奥深く。若い男(黒崎煌代)は傷を負い、古い神社のような建物にたどり着く。そこには謎の老人(高橋一生)とその妻・さゆり(蒼戸虹子)が暮らしていた。時間の止まったような不思議な空間で、若い男は傷の手当てを受けながら奇妙なひとときを過ごすが、ある時、永遠に続くかに思えた日々に決定的な瞬間が訪れる。
本作はプロデューサーから渡辺監督に企画が持ちかけられ、監督がNHKに入局して最初に赴山を舞台にアイデアが練られていった。
当初、監督は複数のアイデアを持ち込んだが、プロデューサーが最も強く反応したのは“スネコスリ”に関する物語だった。スネコスリは、山道などに現れて、歩いている人を転ばせたり、足にしがみついたりする妖怪だ。
「誰かに対して恨みがあるとか、負のエネルギーで人間に向かってくる妖怪ではなくて、単に歩いている人間を転ばせるだけで、その後、人間に対して何をするのかも言及されていない。そんな妖怪の特性を広げていったら、どんな物語になるんだろう?というのが企画のはじまりに思ったことです。スネコスリは、目的や悪意はなくて、単純に無邪気な存在だと思うんです。でも、だからこそ、人間にとって恐ろしい存在にもなる。古今東西、主人公が道に迷って知らない場所で不思議な体験をする物語がたくさんありますけど、この物語も若い青年が体験する心の動きをベースに、スネコスリの伝承をミックスして」
渡辺監督の作品では、大きな事件が起こったり、壮大なサスペンスが描かれることもあるが、どの作品も登人物の感情の細やかな変化、観る者の想像力を掻き立てるようなミニマルな表現が中心に据えられている。「それは意識しています。
現在は表現のアウトプットも多様ですから、大がかりなVFXや音響で観客を驚かせることは時間とお金さえかければできてしまう。でも、表現しすぎることで面白くなくなってしまうことがあるのではないかと思うんです。人間というのは想像する生き物ですから、想像力を掻き立てる余地であったり、会話の裏側に潜むヒダのようなものが感じられる作品を作りたいと思っています」
「役者さんから“生まれてくるもの”を撮りたい」
だからこそ、渡辺作品では、その瞬間の感情の微細な揺れ動きを表現できる俳優が求められる
今回の作品に限らず、映画やドラマはフィクションではあるんですけど、ある種のドキュメンタリーでもあると思っています。もちろん、決められたセリフやストーリーはあるわけですけど、撮影するのが昼なのか夜なのか、現場にスムーズに着いたのか、渋滞したのか……そういう些細なことでも役者さんの精神状態は変化しますし、微妙な撮影環境の変化が演技に大きな影響を与えることもあります。その場で彼らが何を感じるのかは、こちらが計算しきれない部分がありますし、だからこそ想像もしていなかったものが生まれてくるのがすごく面白い。だから、どの作品でもしっかりと準備をして、リハーサルも行いますけど、ガッチリと決めてしまうのではなくて、その日、その場所で役者さんがその場所と相手役をどう受け止めて、どう感じているのかを大事に撮っていきます。
(高橋)一生さんは毎回、こういうお芝居をするだろうな、とこちらも事前に考えてはいるんですけど、いつも“想像の上”をいくお芝居をしてくださる。それが毎回の楽しみですし、こちらとしてはそのようなお芝居をしてもらえる“場所”をどうすれば用意できるのかを常に考えています。
基本的には、一生さんのワンショットを撮っている時でも、一生さんと一生さんがいる空間のツーショットだと思って撮っているんです。だからこそ、そのシーンが最も見やすい、そのシーンの意図が最も伝わるアングルを探しますし、可能な限り、ひとつのシーンを止めずに撮影して、その過程で役者さんから“生まれてくるもの”を撮りたいと思っています」
「その感覚は撮影している時から感じていました。編集中は何度も試写をするんですけど、アッという間に終わったと思う時もあるし、3~4時間経っている感覚になるときもあるんです。ここで描かれている物語の中でどれぐらいの時間が流れているのか、明確には言えないですけど、ある場面で黒崎(煌代)さんが走っているカットを撮影して、その後に一生さんが走っているカットを撮影した時に、ふと“歴史が繰り返されている”という感覚に襲われたんです。我々は人間ではない何かに動かされているのではないか?もしかしたら、かつて自分もこの場所で走っていたのではないか?そんな気持ちになったのはこれまでで初めてのことで、本当に不思議な経験でした。
あの時に感じたことが、この映画の中にエッセンスとして入っているんじゃないかと思っています」
「自分の中では他にない立ち位置の映画だと思います」
渡辺監督はテレビの世界でキャリアをスタートさせ、ドラマ、映画など幅広いジャンルで活動してきたが、その作品群には“共通する感覚”があり、『脛擦りの森』はその要素が最も色濃く出ている作品になった。本作を観ることで、他の渡辺監督の作品への解像度が上がるかもしれない。
「ずっとテレビドラマを撮らせていただいてきたのですが、放送局でドラマをつくると本当にいろんなジャンルの作品に出会えるんですね。時代劇もあれば、恋愛ものや医療もの、ミステリーや刑事ドラマもある。それがテレビのディレクター出身の監督の特徴であり、武器だと思っているんです。一方で、個人的にはホラー作品や特撮もの、もちろん水木しげる先生の作品などを見て育ち、映像に興味を持って、フィクションを作る世界に入ったので、『脛擦りの森』は自分の肌に合っているな、という感覚があります。
僕は自らの作家性みたいなものはまったくわかっていなくて、自分が納得いく、気持ちの良い作品になるようにワンシーンワンシーン撮影しているだけなんです。でも、『脛擦りの森』は自分の中では他にない立ち位置の映画だと思います」
『脛擦りの森』
4月10日(金)公開
(C)『脛擦りの森』プロジェクト