HYDEが神聖な境内でオーケストラを従え熱唱、初の平安神宮公演2日目レポート
今年ソロ活動20周年を迎えるHYDEが『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』と銘打ち、7月31日、8月1日の2日間に渡って京都府・平安神宮 特設ステージにてコンサートを開催した。
2日目となった8月1日、開演前の平安神宮境内には天理大学雅楽部・おやさと雅楽会の総勢16名の雅楽奏者による生演奏が響き渡り、観客を出迎える。龍尾壇を境にして南側が客席、ステージが設えられているのは大極殿を望む北側だ。
前日の初日はこうした歓迎の演出も不可能なほどの荒天に見舞われ、30分ほど遅れての開演となった。観客の安全は確保されていたものの、規定により20時30分にはすべての演奏を終了しなければならないため予定していた曲目および演出の大幅な変更を余儀なくされるという事態に。しかしながら、HYDEによって緻密に構築された世界観はそんなアクシデントにも揺らがず、むしろ降りしきる雨さえもその一部であるがごとく融け込ませて無二の感動へと昇華させたのだ。
とはいえHYDEにとってそれが本意であるはずもない。彼が20周年という節目にこの平安神宮という場所で体現しようと目指したものが、今日こそ完遂されますようにと足を運んだ観客もまた誰しも願っていただろう。
平安神宮周辺には暗雲が立ちこめ、また、微かに遠雷も届くが、上空だけはぽっかりと晴れている。
まもなくの開演を知らせたのは初日にも登壇した石笛(いわぶえ)奏者、横澤和也による特別演奏だった。地球から生まれた原始の笛とも呼ばれる石笛の音色、その余韻に導かれるようにして大極殿から粛然とHYDEが姿を現す。かがり火に照らされながら、「紋紗」という生地で全て特注で作ったという狩衣に身を包み、淡い緑の被衣をかざしてゆっくりとステージまでやってくる、その一歩一歩が客席をじわり昂揚へ導く。
そうしてマイクの前に立つと、オーケストラの柔らかな調べに乗せて深みのある低音ヴォイスを放つHYDE。「UNEXPECTED」に滲む厳かな歓喜が薄闇に広がり聴く者を心地好く包み込んでいくようだ。思えばHYDEが単独公演として夏の野外のステージに立つのは4年ぶり。彼の伸びやかでスケール感のある歌声には夏の夜空がよく似合うということを再確認する。
ところでHYDEは本公演に先駆けてオーケストラを率いた全国ツアー『20th Orchestra Tour HYDE ROENTGEN 2021』をスタートさせている。コロナ禍によりハードかつアグレッシヴなライヴの開催が困難となっている現状を踏まえ、ならば今しかできない音楽表現を追求すべく、2002年にリリースされた彼の1stソロアルバム『ROENTGEN』を生演奏で再現することをコンセプトに掲げたツアーだ。
HYDEの内側に息づく“静”の世界観を具現するためバンドとは異なるアプローチで制作された本作は、それゆえにコンサートでの再現を想定しておらず、実際に今ツアーに至るまでほぼ行なわれてこなかった。ソロ活動20周年のアニバーサリーだからこそ実現できたツアーとも言えるだろう。一方で、2019年にリリースした11thソロシングル「ZIPANG」のMVを京都・東寺にて撮影した際にいつかこうした寺社でのコンサートができたらと思い描くようになり、せっかくならばオーケストラでと考えていたともいう。様々なタイミングが絶妙に重なり、こうして『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』に繋がったという事実を奇跡と呼んでは大仰に過ぎるだろうか。
「WHITE SONG」「A DROP OF COLOUR」と『ROENTGEN』からの楽曲を立て続けに披露、演奏に連動してステージの背後にそびえる大極殿、両サイドに位置する白虎楼と蒼龍楼がライトアップされて荘厳に色を変える。ソロ活動の始まりを担ったソロデビュー曲「evergreen」で社は鮮やかなグリーンに染まり、その前に立つHYDEは真っ白に照らされて互いを際立て合っているのが目に眩しい。
また、本公演では壮大なプロジェクションマッピングも大きな見どころのひとつ。例えば未発表の新曲「SMILING」では主人公の傷ついた心をやさしくリセットする雪景色を表現して大極殿の屋根に雪が舞っては次第に積もっていく様子を、これまた未発表の新曲「THE ABYSS」では運命に翻弄され奈落の淵まで追い詰められた主人公の心象を暗喩するように満月に暗い影が差していく様を大極殿に映し出し、楽曲の世界観を増幅させるかのようだ。メタルパーカッションの金属音がものものしく鳴り渡った「NEW DAYS DAWN」に突入すると満月の様相はいっそう不穏を極め、燃え盛るかがり火の妖しさ、それを上回って猛々しさを秘めたHYDEのパフォーマンスとも相俟って、場内にはただならない空気が立ちこめていく。
必然のバランスで成立させた静と動の世界
曲が終わってHYDEが一旦ステージを下りると、替わりに雅楽隊が再び登場し、鬼の面を着けた能楽師・茂山逸平が風雅な舞を披露する一幕も。そこへ特別に作られた白の烏帽子に真っ白の姿で戻ってきたHYDEが歌い上げた「ZIPANG」はもはや圧巻の一語に尽きた。
連綿と紡がれてきた日本古来の伝統と風景、季節は巡りながらも移ろわず保たれてきたその美しさに想いを馳せ、狂おしくシャウトするHYDE。雅楽とオーケストラのアンサンブルも、四季をドラマティックに演出するプロジェクションマッピングも、息を呑むほどの迫力と麗しさをたたえて観る者を圧倒する。この2日間が必然であったこと、その証明をまざまざと見せつけられた気がした。
6月25日に配信リリースされた新曲「NOSTALGIC」でHYDEはファルセットを織り交ぜたダイナミックな歌唱でオーディエンスを惹きつけ、フィーチャリングヴォーカリストとして参加したことでも話題を呼んだYOSHIKI feat. HYDE「Red Swan」では無数の羽根が舞い散るプロジェクションマッピングを背に朗々としたヴォーカリゼーションを天に届ける。
「SECRET LETTERS」に入ると公演もいよいよ終盤だ。大極殿の屋根に映し出される微かな光の粒たちは夏の蛍をイメージしたものだろうか、それとも行き場もなくこの世を漂う魂だろうか。切々としたHYDEの歌に呼応するかのように曲のエンディングには大輪の花火がプロジェクションマッピングによって打ち上げられた。
『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』を締めくくったのは「MY FIRST LAST」だ。雅楽隊が奏でる重厚な音色が鳴り渡り、まっすぐに宙を見つめ両手を大きく広げたHYDEの中心部へと集まってくる光の粒子が投影される。まるでさまよえる魂が浄化を求めて吸い寄せられるかのように。
そうして極限までHYDEの内部に凝縮された光は次の瞬間、ビッグバンを起こし、ついには大極殿に宇宙が映し出された。
太陽系から銀河系、さらに果てしなく広がりゆく宇宙。それはHYDEという人の内面に広がる宇宙そのものでもあるのではなかったか。雅楽とオーケストラ、すなわち日本古来の伝統音楽と西洋音楽の融合、セットリストに並んだ楽曲から浮かび上がってくるのは生と死を真摯に見つめるHYDEの透明な眼差しだ。『ROENTGEN』を静とするなら、本来的な彼のスタンダードスタイルは動であり、それら両極をどちらに偏ることなく、必然のバランスで成立させているHYDEの宇宙。
コロナ禍にあえぐ今の世界は歪に傾いている。コロナ禍だけではない、頻発する自然災害や事故、犯罪など世の中のあちこちで悲しみが渦巻いている。そのすべてを正すことは難しいかもしれない。それでも、せめて音楽の鳴っている場所には穏やかな安らぎが満ちていてほしい。
そんな彼の願いがこの『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』には終始、通奏低音のように響いていた。渾身の歌声を轟かせ、深々と身を屈めて礼を捧げると客席に凛とした背中を向けて、大極殿へと帰っていったHYDE。それはあまりにも神々しく、頼もしい後ろ姿だった。
『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』より
なお、本公演は全国各地の映画館でライヴビューイングが行なわれ、また全世界に同時ライヴ配信された。さらに初日公演の映像は8月4日20時59分まで、2日目の映像は8月5日20時59分までアーカイブ配信される。また本公演終了後、今年のオーケストラ・コンサートのフィナーレを飾る『20th Orchestra Concert HYDE 黑ミサ 2021』の開催も発表。歩みを止めず、前進し続けるHYDEが切り拓く次の未来を見届けたい。
取材・文:本間夕子
撮影:岡田貴之 / 緒車寿一
<公演情報>
HYDE『20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU』