「自分と人を比べなくなった」寺西拓人が考える“スマホ時代の自分との向き合い方”
(撮影/堺優史)
その人のスマホを見れば、どんなことに興味があり、どんな交流関係をしているのか一目瞭然な時代。映画『迷宮のしおり』は、現代人なら誰もが駆使するスマホを履歴や個人情報が集積した”もう一人の自分”として捉えたことから生まれた物語だ。スマホが割れたことからスマホの迷宮に閉じ込められた少女・栞と、現実の世界で暴走し始める“もう一人の自分”が描かれる。今作でキーパーソンとなる若き天才起業家を謎めいた雰囲気で声をあてたのが寺西拓人だ。初めての声優へのチャレンジとは思えないほど、ミステリアスな野心家の心情を魅力的に表現している。
ミステリアスさと、ちょっと誘惑する雰囲気で演じました
『迷宮のしおり』は、『マクロス』『アクエリオン』シリーズなどで知られる河森正治初のオリジナル長編アニメーション。現代人なら誰もが駆使するスマホを“もう一人の自分”としてとらえるというユニークな発想で生まれた物語だ。寺西は今作で初めてのアニメ声優に挑戦した。
舞台やミュージカルを中心にお芝居の経験が豊富な寺西だが、声優となるとまた違った挑戦となったようだ。
「声優のお仕事が決まった時、マネージャーさんから『アニメの声優って興味ある?』って結構、唐突に聞かれたので、ビックリしましたね。いつかやりたいとは思っていましたので嬉しかったです。声だけの表現というのは、ちゃんと勉強してから挑まないといけないなと思っていたので、正直不安な気持ちもありましたが、体当たりでぶつかりました。アフレコは初めてで、右も左も分からない状況だったので、練習の時間を申し出て、練習をしてからアフレコに挑ませてもらいました」
寺西が声をあてたのは、スマホと人間の能を直接繋ぐ研究をしている大学生。国際的に注目される若き起業家の架神傑(かがみすぐる)役だ。スマホの世界に囚われた主人公の栞(SUZUKA)に「本来の自分を取り戻させてあげる」と手を差し伸べるキャラクターを謎めいた雰囲気たっぷりに演じている。
「傑は、どこか掴めないキャラクターでスマホに閉じ込められた栞と、栞に入れ替わって現実世界に現れたSHIORIに接触し、翻弄していく役どころ。
どんどん変化していくキャラクターでもあったので、いろんな傑の側面を出せるように心掛けました。スマホの世界で途方に暮れる栞に手を差し伸べるんですが、栞との関係性は、掴みどころのない雰囲気というか、ミステリアスな雰囲気が出ればいいなと思いながら、ちょっと誘惑する雰囲気で演じました。それは恋愛的な感情ではなく、自分の目的のために誘惑していくっていうところは、意識して声をあてました」
何を考えているか分からないと言われること、あります(笑)
傑はスマホを使って“ある壮大な計画”を遂行するために世界を巻き込む騒動を起こしていくキーパーソン的なキャラクター。隠された過去を持つ複雑な役で、いろんな傑が見え隠れする難しい役どころを初めてとは思えない声色で表現している。
「自信のないところから希望を見つけて、最終的にはちょっと狂っていく感じもあって。いろんな傑が出せればいいなと思いながらやらせていただきました。何者なのか、どこかつかめないところが魅力のキャラクターだと思いました」
寺西自身もミステリアスとか掴めないと言われたことはこれまでにあるのか尋ねると「そうですね、たまに言われます」と、柔らかにはにかみながら答えた。
「何を考えてるか分からないって言われること、ありますね(笑)。
たまに考えごととかしていると表面的なことを言ってしまうからかな。人に対してあまり詮索しないようなところがありますし、何か意見を言っている時に『本当にそう思ってる?』って言われることがあって、ちょっと見抜かれているなぁと思います(笑)」
リアクションや表情のお芝居で勝負できない声だけの表現。初めての声優体験で一体、どんな気づきがあったのだろうか。
「やっぱり声だけで多彩に表現ができる声優さんのすごさを改めて実感しました。アニメーションを完成させるのは、大変な作業があってのこと。声優さんだけでなく、監督はもちろん、スタッフさんもそうですが、アニメっていうものがどれだけ人が関わっていて、どれだけの制作時間が費やされたものなのかと考えるとすごく感慨深いものがありますね。実際にアフレコの現場を体験して、アニメ作りに携わる皆さんのプロフェッショナルな働きを目の当たりにして、よりリスペクトの気持ちが生まれました」
アフレコを実際に経験してみて、難しさを感じたのは、「キャラクターの口の動きを見てお芝居をすること」だという。これは、普段映像のお芝居ではないやり方だ。
「普段、舞台や映像でお芝居する時は、自分と対峙する相手とのやり取りになってくるんですが、アニメの場合はそれ以外にもいろんなことを考えなきゃいけないので大変でした。初めてだったので、練習の時にいろいろ指導していただこうと思っていたんです。そしたら、『いや~、いいですね。素晴らしいですね』って監督やスタッフさんからたくさん褒めていただいて。本当なのか疑いたくなるぐらい(笑)。実際、現場は優しい雰囲気が流れているような穏やかな現場だったので、それも相まって、やりやすかったのかな。でも、初めてのことで自信がないので、褒めていただいて『本当ですか?』って感じでしたね」
バトルシーンはアニメーションならではの楽しさでした
今回は、声優初挑戦となった栞役のSUZUKAとアフレコに挑んだそうで、傑と栞の会話では、呼吸を合わせてキャッチボールをすることができたという。栞は思ったことを言えない引っ込み思案な性格でSHIORIは、自由奔放で奇抜な印象だ。
同一人物ではあるが異なるパーソナルを持つキャラクター。それぞれのキャラクターと対峙する時、声の出し方が違っていた。
「SUZUKAさんが演じたスマホの世界に閉じ込められた栞と現実世界のSHIORIとのやりとりは、対峙した相手によって声を変えていました。栞の時は、寄り添う感じを出して、もう一人のSHIORIにはちょっとけしかける、じゃないけど、『一緒に行こうよ』みたいに誘う感じを心掛けていましたね。その辺りは、監督やSUZUKAさんとも相談しながら、やりました」
スマホを研究する傑にとっては、スマホの迷宮に迷いこんだ栞と出会って、「君は運命の人かもしれない」というキラーワードを放つシーンも。恋の場面ならときめくような台詞だが……。
「キラーワードとは思っていなかったので、恥ずかしいですね。何回も出てくるんですよね。
“運命の人”っていう言葉もそうですし、普段の自分が絶対に言わないような台詞が傑は多いんです。アフレコでは意識してなかったですが、改めて振り返ると恥ずかしくなるように台詞だなって(笑)」
完成した作品を観て、アニメのキャラクターが自分の声によって命が吹きこまれるのを目の当たりにしてどんな感想を持ったのだろうか。河森監督は「寺西さんは今回が声優初挑戦でしたが、以前からの舞台でのご活躍を拝見しており、その演技力の幅広さに感銘を受けていたので楽しみでした。傑はミステリアスな野心家で、栞とSHIORIを翻弄する難しい役どころ。その複雑な心情を魅力的に表現して下さいました」と絶賛している。
「アフレコでは自分の持っている全てを出し切ったつもりではありますけど。完成した作品を観ると自分の発した声と、映像で聞こえる声って違うから、こういう風に皆さんに届くんだっていう感じでした。自分の中でイメージしたテンション感と実際に耳に入ってくるテンション感も全然違うんだなと思いました。
やっぱり自分の声であっても自分じゃないキャラクターとしての部分がすごく大きいから、アニメーションはそこがすごく新鮮で楽しかったですね。今回、終盤で結構大掛かりなバトルシーンがあるんですけど、そういったシーンは、いわゆる技名を言うので、アニメーションならではの楽しさがありました」
自分と人を比べることは今はほぼなくなりました
物語は、スマホが手放せなくなった女子高生がSNSや動画の自分へのコメントに一喜一憂することから始まる。親友の希星と撮ったある動画がきっかけとなり、スマホの中に広がる不思議な世界に閉じ込められてしまうストーリーだ。スマホという今の時代にぴったりな題材をメインとして描かれる作品。寺西はこのストーリーをどう受け止めたのか、聞いてみた。
「今の時代にめちゃくちゃマッチした作品ですよね。ほとんどの人がスマホを持っているこの時代で、スマホと、人とのかかわり方について考えさせられる作品になっていると思います。スマホの中の自分は、理想の自分を演出したい、とか、他人と自分をついつい比べるとか、そういうこともあると思うんです。そういう時代だからこそ、ちゃんと自分と向き合って、自分を受け入れることが、今すごく大事なことだと思います。僕も人と比べられることが多いですから、すごく考えさせられるなと思いましたね。10代の頃は、活躍しているアーティストさんを見て羨ましいという気持ちもありましたけど、自分と誰かを比べるのは、今はほぼなくなりました。『こんな音楽をやれるの、かっこいいな』とか、『こんなお芝居できるのいいな』とは思いますけど、自分は自分で頑張ろうっていう思いがここ10何年でしっかり培えたと思います」
栞がSNSのコメントに傷つき、心が壊れてしまうシーンもあるが、寺西自身はエゴサ―チしたり、SNSのコメントをチェックしたりすることはあるのか気になるところだ。
「やっぱり作品が世に出る瞬間は、観て下さった方の感想が気になりますよ。例えば、舞台だとこっちが意図して作ったことを、どう受け取られるかっていうのは、やっぱり蓋開けてみないと分からないところがあるので。気になる時はコメントをチェックします。でも、目に見えるものだけが全てじゃないので、批判的なコメントもあまり深刻に受け止めずというか……。『なるほど、こういう風に見えることもあるんだ』っていうくらいで、コメントに左右されて『じゃあ、やめておこう』って自分のやり方を変えることはないかもしれません。変な切り取られ方をして、SNSで叩くような批判的なコメントがあったら、落ち込むよりムカつくなって感じですけど。そこはSNSの課題でもありますよね」
サッカー仲間とオーディションで一緒になったときは、運命を感じました
劇中の主人公たちのように「スマホは手放せないタイプ」という寺西。1日何時間スマホの画面を見ているのか把握はしてないが、2、3時間は見ているかもしれないとのこと。
「例えば、映像を観るとか、台本を読むとか、仕事ももはやスマホでやることが増えたので、そういう時はずっとスマホを観ていますよね。どれくらいなんだろうな…。もしも1日スマホが手元になかったら、落ち着かないでしょうね。『timelesz project』っていうオーディション番組に参加させていただいた時、スマホを預けていたので、いじれなくて大変でした。ファンクラブのブログを更新するとか、舞台の現場とのやり取りとかもあったんで、使えなくて不便なこともありましたけど、なんかこれはこれでいいなっていう風に思った瞬間もあって。最近もお風呂にまでスマホを持ち込んじゃうんですが、あえてお風呂には持ち込まないっていうマイルールを決めるのも大事なことだと思いますね」
傑が栞のことを運命の相手と思ったように、寺西にとって今までの人生で、運命を感じた出会いはあったのだろうか。
「今の事務所に入る前、サッカーをやってたんですけど、そのサッカークラブのスクールでたまたま一緒だったやつが今の事務所に入るオーディションでも一緒だったんですよ。僕もそいつも合格して、しばらく一緒だったので、なにか運命を感じましたね。今も仲がいい友達なので、縁があるんだなと思います」
自分が思い描く理想の自分をSHIORIが自由奔放に体現していく場面もある。栞なら着なかったようなファッションやヘアスタイルを楽しむSHIORIは、生き生きと輝いていく。寺西自身は、なりたい理想の自分のビジョンを具体的に思い描くタイプ?
「正直なこと言うと、ビジョンはあんまりなくて……。例えばこういう仕事をやってみたいっていうのはあるんですけど、“こうなりたい”みたいに考えることって、あんまりないほうです。もちろんやりたい仕事が実現するために、頑張り続けることを大切にしています。目の前にあることと向き合うようにしていますね」
<作品情報>
『迷宮のしおり』
2026年1月1日(元日) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
【キャスト】
前澤 栞/SHIORI:SUZUKA(新しい学校のリーダーズ)
小森:原田泰造
倉科希星:伊東 蒼
山田健斗:齋藤 潤
前澤恵三:速水 奨
前澤頼子:坂本真綾
登坂:杉田智和
架神 傑:寺西拓人
©『迷宮のしおり』製作委員会
公式HP: https://gaga.ne.jp/meikyu-shiori/
公式X:@meikyu_shiori
【STORY】
引っ込み思案な女子高生・前澤栞。親友・希星(きらら)と撮ったある動画がきっかけとなり、スマホの中に広がる不思議な世界に閉じ込められてしまう。栞の目の前に現れたのは、ウサギの姿をしたしゃべるスタンプ・小森。「閉じ込められたんですよ、この<ラビリンス>に」途方に暮れる栞に手を差し伸べたのは、若き天才起業家・架神傑(かがみすぐる)。架神は栞に「本当の自分を取り戻させてあげる」と約束をする。そのころ現実世界では、派手なスタイルに身を包んだもう一人の「SHIORI」が栞と入れ替わり、SNSを駆使して自由奔放に振る舞っていた。彼女の狙いは本物の「栞」になり変わること。架神はSHIORIとも接触し、「ある計画」をささやく。架神の真の狙いとSHIORIの野望が、やがて世界を巻き込むある騒動を引き起こしていく。
撮影/堺優史、取材・文/福田恵子