團十郎の新橋演舞場「初春大歌舞伎」は古典を含む貴重な演目が勢ぞろい
市川團十郎が贈る新橋演舞場でのお正月公演も2026年で16回目。新作・古典を問わず、團十郎が“挑戦の場”として大切にしてきたという本公演は、娘の市川ぼたんと息子の市川新之助が大切な役どころで出演するのも見どころのひとつだ。気になる演目は、昼の部が舞踊『操り三番叟』、歌舞伎十八番『鳴神』、時代物の名作『熊谷陣屋』、そして初春のご挨拶『仕初口上』。夜の部では歌舞伎十八番『矢の根』、團十郎家ゆかりの名作『児雷也豪傑譚話』、歌舞伎舞踊の大曲『春興鏡獅子』という多彩なラインナップ。團十郎、ぼたん、新之助が揃って11月22日に行われた取材会の様子をお届けする。
團十郎の昼の部での出演は、『熊谷陣屋』と『仕初口上』。『熊谷陣屋』は、近代歌舞伎に大きな影響を与え、劇聖と称される九代目市川團十郎がひとつの型として完成させた演目で、今回、團十郎は10年ぶりに熊谷直実を演じる。
新橋演舞場1月「初春大歌舞伎」特別ビジュアル『熊谷陣屋』
「前回初めて勤めさせていただいた時は、もう父(十二代目市川團十郎)が他界していたので、二代目中村吉右衛門のおじさんのところへ教わりに行きました。
“九代目團十郎から初代吉右衛門に伝わったものを私が教わり、それを今度はあなたに教えるのだから、これは恩返しだ”と言って、快く教えてくださった思い出があります」と振り返る。
市川團十郎
「諸先輩方に教えていただいたことや父がやっていたことも踏まえて、今の等身大の私として熊谷直実という人間を演じたい。このお話の美しい部分を物語として表現していく難しさ、そして楽しさなどもちりばめられたらと思っています」と團十郎は意気込む。
一方の『仕初口上』は、團十郎が柿色の裃にまさかり髷(市川宗家が口上の際に使う形)で市川團十郎家に伝わる「にらみ」を披露する。「にらみ」を見るとその1年の邪気が払われるというだけに、初春に相応しいひと幕だ。
新橋演舞場1月「初春大歌舞伎」特別ビジュアル『仕初口上』
「今回、口上は『仕初(しぞめ)』という形にしました。昔は正月興行の初めに必ず『仕初』というのがあって、劇場関係者を集めて年間の演目を読みあげ、1年間滞りなく出来ますようにと願う芝居始めの式が行われていたんですね。市川團十郎家の場合は、その儀式に「にらみ」が入っていたそうで、今回も願いを込めた「にらみ」をご覧いただきます。
その前には正月らしい獅子舞のような舞踊をつけたいなと思っています」と團十郎は話す。
夜の部は、『矢の根』に新之助、『児雷也豪傑譚話』に團十郎とぼたんが出演。そして『春興鏡獅子』では團十郎とぼたん、新之助の三者共演となる。
新橋演舞場1月「初春大歌舞伎」特別ビジュアル『矢の根』
『矢の根』では新之助が初役で主人公の曽我五郎を演じるとあって、「今から気合いを入れてお稽古をしていくので、ぜひ皆さん来てください」と初々しくもしっかりとアピール。
市川新之助
一方、『児雷也豪傑譚話』で草刈娘実は弘行妹深雪姫に扮するぼたんも「先日ビデオで観せていただいて、想像もつかない内容で驚きました」とはにかみつつ、「大事なお役を勤めさせていただけるので、本番まで一所懸命にお稽古したいと思います」と気合い充分。
市川ぼたん
新橋演舞場1月「初春大歌舞伎」特別ビジュアル『児雷也豪傑譚話』
團十郎は“ガマの妖術”など心躍る要素が盛り込まれ、映画や講談でも知られる「児雷也」について、「家の芸といっても過言ではない『児雷也豪傑譚話』に、私はこれまでなぜかノータッチできたんですね。せっかくなので今回は古典的な部分は残しつつ、現代風にアレンジを加えてみようと思っています」と演出プランを明かした。
最後の『春興鏡獅子』は、可憐な小姓弥生が後半は雄々しい獅子の精となり、華麗な毛ぶりを見せる人気演目。
可愛らしい踊りをみせるふたりの胡蝶の精と獅子の精が戯れる場面も見どころ。
新橋演舞場1月「初春大歌舞伎」特別ビジュアル『春興鏡獅子』
「新歌舞伎十八番の演目であり、お正月らしさという意味でもピッタリだと思い選びました。私自身は『女方はどうかな』と思っているのですが(笑)、九代目團十郎が娘の翠扇たちの稽古を見て型を作ったという由来があるので、一度は新之助とぼたんに胡蝶の精をさせないといけないと思っていました。ぼたん(14歳)と新之助(12歳)がやるにはギリギリ最後の時期かと思いますし(胡蝶の精は子役が踊るのが通例)、ふたりの最初で最後の胡蝶の精を、私が獅子の精として勤められたらと思って選びました」と團十郎。ぼたんも隣でうなずきながら、「最初で最後になるかもしれないお役なので、今まで以上に弟ともたくさん稽古をして、合わせて、素晴らしいものになるよう頑張っていきたいです」と表情を引き締める。新之助も「家族全員で出来ることが幸せです。たくさん頑張らないといけないと思っています」と話した。
歌舞伎は次のフェーズに入ったと各地の劇場で実感
新橋演舞場での團十郎の正月公演は、これまで新作や古典をアレンジした1本物が多かった印象だ。
今回は古典も含めた複数の演目になったことを問われると、「30代で演舞場での公演を始めさせていただいて、挑戦ということ、あるいは古典というものに対しても咀嚼して分かりやすく伝えるというのがテーマのひとつでもあったのですが……」と話し始めた團十郎。
「最近は映画『国宝』のヒットもあり、急速に歌舞伎を観る方が増えている中で、歌舞伎を学んで楽しんでみようと思ってくださる方が、昨年に比べて多いように感じているんです。もともと日本の文化に根付いている芸術ですので、観る前に少しでも知っていただければ古典でも楽しく観られますし、迎合するのではなく歩み寄っていただくフェーズに入ってきた気がしています。それは今年、京都や博多での公演でお客さんとお話しするコーナーでも肌で感じました」と、各地の劇場でも手応えを感じている様子。それをすぐに反映させるのが、團十郎の公演ならではの魅力だろう。
「『鳴神』を、今回は中村福之助くんと中村鷹之資くんにダブルキャストでお願いしたのも、これまで父や先輩から預かる立場だった私が、若い彼らに渡す側になったという気持ちから。伝統というのはそうやって紡いで、人間が人間へ預けて託していくということだと思います。歌舞伎はそのような“継承”が見られる時間だとも思うので、ぜひ劇場で楽しんでいただければ嬉しいです」と、團十郎は歌舞伎への想いをのぞかせつつ、最後は笑顔で締めくくってくれた。
取材・文:藤野さくら
<公演情報>
「初春大歌舞伎」
【昼の部】11:00開演
一、操り三番叟(あやつりさんばそう)
二、歌舞伎十八番の内 鳴神(なるかみ)
三、一谷嫩軍記熊谷陣屋(くまがいじんや)
四、寿初春 仕初口上(しぞめこうじょう)
市川團十郎「にらみ」相勤め申し候
【夜の部】16:15開演
一、歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)
二、八代目團十郎初演より六代伝える由縁の狂言
河竹黙阿弥 作
石川耕士 補綴・演出
藤間勘十郎 演出・振付
児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)
三、福地桜痴 作
新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)
2026年1月3日(土)~27日(火)
会場:新橋演舞場
関連リンク
チケット情報:
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公式サイト:
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