松本幸四郎が明かすキーワードは、“新しい歌舞伎”と“二代目吉右衛門”「七月大歌舞伎」夜の部で『鬼平犯科帳』
令和7(2025)年7月歌舞伎座 松竹創業百三十周年「七月大歌舞伎」の夜の部で上演される、松本幸四郎主演『鬼平犯科帳 血闘』は、幸四郎自身が構成・演出を手がける新作歌舞伎だ。6月18日に実施された取材会に登場した幸四郎が、その思いを熱く語った。
“二代目吉右衛門に捧ぐ”のプレッシャー
時代小説の大家、池波正太郎による『鬼平犯科帳』は、実在した火付盗賊改方長官の長谷川平蔵を主人公に、江戸の市井に生きる人々を情感豊かに描き出した傑作。初代松本白鸚(当時 八代目松本幸四郎)の主演で初の映像化が実現したのち、1989年からは二代目中村吉右衛門が27年間にわたって“鬼平”こと長谷川平蔵を演じ、主演舞台も上演された。今回の歌舞伎化は、「『鬼平犯科帳』イコール、祖父・幸四郎、叔父・吉右衛門で、そのうえでのお話。すごくありがたい、幸せなことだと感じました」と述べる幸四郎。2024年よりドラマ・映画版の『鬼平犯科帳』に主演、新たな鬼平を打ち出してきたが、今回、“二代目中村吉右衛門に捧ぐ”として歌舞伎座での上演を手がけることは、「プレッシャー以外ない。映像では、“いまの鬼平は僕です”という思いも含めて作っているところがあります。
対して、歌舞伎版鬼平、長谷川平蔵を演じるにあたっては、十二分に二代目吉右衛門の鬼平を思い出していただきたい!そう思って作っている最中です」と明かした。ドラマのエンディングに用いられたジプシー・キングスの楽曲「インスピレイション」も使われるというから、当時の『鬼平』ファンにとっては懐かしい限りだ。
二代目中村吉右衛門主演「隔週刊 鬼平犯科帳DVDコレクション 再刊行版」好評発売中 HDリマスター版で、全シリーズ・スペシャルを完全網羅 (C)松竹株式会社/フジテレビジョン
初の歌舞伎化で選ばれた『血闘』は、幸四郎が鬼平二作目として映像で取り組んだエピソード。市川染五郎演じる若き日の平蔵=銕三郎時代と平蔵時代という二本柱の構成となり、おまさという女性がカギを握り、銕三郎とおまさの歴史、平蔵とおまさの再会が描かれる。「また、時代劇といえば立廻り。平蔵としてはとても珍しく、感情的な立廻りがあります」と『血闘』の魅力を紹介するとともに、演出家として、「あとは、新作歌舞伎をどう捉えるのか、というところだと思います」と、作品への向き合い方を明かす。「池波正太郎さんに伺ったのですが、『鬼平』を書いた時は、世話物を書きたいという思いが強くあったといいます。それで、自分が『鬼平』を歌舞伎化する時は純世話物になるのかなと思っていたのですが、実際にやるとなったら、真逆に。
新しい、突っ込んだ歌舞伎を作ろうと心が変わりました」と、言葉に力を込める。
團十郎、ぼたんも参加した新しい『鬼平犯科帳』
「登場人物は本当に“有名人”ばかり。その個性を活かしていくためには、テンポ感が必要だと思いました。尺八奏者のき乃はちさんに全体の音楽を作っていただいて、実は今日、レコーディングの真っ最中なのですが、素敵な曲が出来上がっています。“新しい歌舞伎”ということと、“二代目吉右衛門”が、今回の自分の中でのキーワードかなと思います」。
新作歌舞伎といえば、今年1月の歌舞伎座では、中村隼人主演の『大富豪同心』を手がけた。「“歌舞伎じゃない”、いや “歌舞伎だ”、みたいなことは、必ずあります。僕個人としては、そうして皆さまに歌舞伎を楽しんでいただいているというふうに思っています。
というのも、歌舞伎に定義は、ひとつもない。同時に、歌舞伎を観たことのない人でも、歌舞伎をイメージできるのが歌舞伎の不思議なところ。平蔵が見得をしたり、廻り舞台に花道、そういうものを活かしたりしつつ、音楽的な演劇、音楽にのせた演劇というものを作っていきたい。『鬼平』を歌舞伎にするとこうなるんだ、ということを皆さまに提示できればと思っていますし、それが“歌舞伎か?”“歌舞伎じゃないのか?”というところを、存分に楽しんでいただければ」と笑ってみせた。
「これだけ錚々たる方々に出ていただき、本当に嬉しい限り。それだけ責任も重くなると思います」とも話すが、配役の一覧には、普賢の獅子蔵役を演じる市川團十郎の名も。「本当に嬉しいことです。普賢の獅子蔵はもともと『鬼平犯科帳』にはなく、彼のために作った役。
それで想像していただいて──まあ、悪い人です(笑)」。またキーパーソンとなるおまさの少女時代を演じるのは、市川ぼたんだ。「踊りを見て、本当にびっくりしました。今回、染五郎から名前が出たのですが、聞いたとたんに、“彼女しかいない!”と。少女時代のおまさは、小刀のようなシャープな女性。彼女の大きな声を、聞いていただきたいなと思います」。
平蔵は“人間”。完全無欠のヒーローではない
『鬼平犯科帳』長谷川平蔵=松本幸四郎(撮影:永石勝)
染五郎といえば、「七月大歌舞伎」の同じ夜の部にて、市川團子とともに『蝶の道行』に出演する。「情熱的な踊りを、あのふたりがどう勤められるか──。
熱い、熱い舞台にしてほしいなと思います。僕もまだできるつもりではありますが(笑)」と、厳しくも優しい眼差しに。今回の『鬼平犯科帳』では、平蔵の父、長谷川宣雄で松本白鸚が出演、昨年秋の歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」以来の白鸚、幸四郎、染五郎の親子三代共演が実現するが、「実際の親子という関係だから成立する場面を、作っている最中です。虚実皮膜という言葉をここで使っていいかどうかはわかりませんが、長谷川親子、孫も含めた高麗屋親子──宣雄、平蔵、また銕三郎の言葉が、白鸚、幸四郎、染五郎それぞれの心にのっかる言葉になるのではないか。リアルなのか芝居なのか、何か不思議な空間になればいいなと思っています」と語った。
歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部チラシ
6月21日には、き乃はちをはじめ、端唄の崎秀五郎、シンセサイザーの高山淳との共演による『鬼平犯科帳』音楽朗読劇にのぞんだ幸四郎。6月30日(月) には時代劇専門チャンネル presents ラジオドラマ『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』の放送が予定され、さらに「七月大歌舞伎」初日となる7月5日(土) には、幸四郎主演のドラマシリーズ最新第6弾『鬼平犯科帳 暗剣白梅香』が時代劇専門チャンネルで独占初放送されるなど、この夏は熱き“鬼平祭り”が繰り広げられる。そんな幸四郎にとって、『鬼平』とはどんな存在なのだろう。
「長谷川平蔵自体、“人間”っていう感じがするんです。焦ったり、突撃したり、ある時は騙されたり、間に合わなかったり、と完全無欠のヒーローではないのが平蔵らしいところ。銕三郎時代には本当に悪いやつということで名が知れていた男ですが、平蔵はそういう過去を隠していないですし、皆に対して、しっかりと受け止める強さがある。危機に直面した時でも下がらない強さ、手を差し伸べる勇気もある。そういう長谷川平蔵を描けたらと思います」。
歌舞伎座『鬼平犯科帳』告知動画「鬼平、歌舞伎座に見参!」
まだ上演前ではあるが、本作の歌舞伎でのシリーズ化について問われると、「映像でも、とにかく一作一作が勝負だと思って作ってきました。歌舞伎でシリーズ化ができればいいなとは、もちろん思っていますが、そう思うとすべてを出し切ることができない気がするので、すべてを詰め込み、『鬼平犯科帳』が歌舞伎になるとこうなるんです、という決定版を作ろうと思って取り組んでいます。まずは、これが“鬼平歌舞伎”だといえるような作品に仕上げること。
いまはそこに集中したいと思っています」。同時に、劇場が観客でいっぱいになることを目指す。本作の特別ビジュアルの背景は、歌舞伎座の客席。鬼平が歌舞伎座にやってきた、という設定だ。「と言っても、客席に誰もいないという──早く来すぎたのかな(笑)。この写真1枚でも、いろんなドラマが想像できる。衣裳も、叔父が『鬼平』で着ていたもの。いろんなものを背負うと、プレッシャーを感じざるを得なくなるものですが、それを力にしていきたい」。
歌舞伎座『鬼平犯科帳』特別ビジュアル
幸四郎の言葉には、常に祖父・初代白鸚と叔父・吉右衛門へのリスペクトが込められていた。吉右衛門の『鬼平』は、今年1月に創刊された隔週刊『鬼平犯科帳DVDコレクション 再刊行版』(デアゴスティーニ・ジャパン)でも味わうことができる。
取材・文:加藤智子
<公演情報>
松竹創業百三十周年歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部
一、二代目中村吉右衛門に捧ぐ―
『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)血闘』
序幕駿河町両替商老松屋より夢現まで
大詰長谷川平蔵役宅より大川の土手まで
池波正太郎 作
松本幸四郎 構成・演出
戸部和久 脚本・演出
長谷川平蔵松本幸四郎
普賢の獅子蔵市川團十郎
同心小柳安五郎市川中車
日置玄蕃坂東巳之助
おまさ坂東新悟
長谷川銕三郎市川染五郎
少女のおまさ市川ぼたん
閻魔の伴五郎市川猿弥
三次郎妻おたね市川笑也
夜鷹おもん市川笑三郎
五鉄亭主助次郎市川寿猿
無宿人相模の彦十市川青虎
同心木村忠吾中村吉之丞
夜鷹おこま澤村宗之助
吉間の仁三郎大谷廣太郎
四之菱の九兵衛松本錦吾
たずがねの忠助市川門之助
与力佐嶋忠介市川高麗蔵
相模の彦十中村又五郎
平蔵妻久栄中村雀右衛門
長谷川宣雄松本白鸚
二、『蝶の道行(ちょうのみちゆき)』
助国市川染五郎
小槇市川團子
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560101(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560101&afid=P66)
公演サイト
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/935