“ライブ”と”ディスク”の間で――松居慶子ピアノコンサート『The Space Between — 線と弦 —』開催記念インタビュー
/ Photo:Raj Naik
Text:山口敦Photo:Raj Naik / Jack Cohen (Live Photo)
アメリカ・ロサンゼルスが長年の拠点。ジャズ、フュージョンといったジャンルにとらわれずボーダーレスな音楽を携えて、世界をツアーで巡るピアニスト/作曲家の松居慶子が、今回は敢えてソロ・ピアノを、そしてゲストにはチェロ奏者の伊藤ハルトシを迎える。この新しいフォーマットで、どんな世界が編まれるのだろうか?
過去30枚のアルバムの蓄積を振り返りつつ、新しいフォーマットで
── 今回の会場は木を生かした音響と空間の雰囲気が美しくて、クラシックファンにも人気のあるホールなんです。ピアノソロ、そしてチェロとのデュオの響きが楽しみです。
87年にアメリカで1枚目のアルバムを出して以来、これまでいろいろな国でコンサートを行い、オリジナル曲を届ける旅をしてきました。これまでリリースした30枚のアルバムを振り返りながら、今回伊藤ハルトシさんという素晴らしいチェリストをお招きしたので、今までとは違う、新しい世界もお届けできたらいいなと思っています。タイトルですが、「無から何かが生まれる」―そんな余白や含みを残しておきたくて『The Space Between』としました。そして『線と弦』という副題ですが、「線」はいろいろな意味を持たせられる。
もちろんピアノ線とチェロの弦ということでもあるんですが、一対一ではない、音楽的対話だけではない、その間にある空間とか、あるいは沈黙とか、そういうところも含めた音楽の世界をお届けしたいなと思っています。バンドメンバーとのブルーノート東京での公演を知っている方にとっては、やはり「静」と「動」だったら今回は「静」の世界になるとは思います。ピュアでアコースティックな音と共に、いろいろな景色が見える一夜にしたいなと。
── チェロの伊藤ハルトシさんとは初共演ですね。リハーサルをしてみて、いかがでしたか?
もともとチェロは大好きな楽器なんです。言葉でうまく表せないですが、伊藤さんの音に生命や魂が込められているのを感じます。そして幅広いジャンルでの演奏やプロデュースもされる方です。私はもともと「音楽はノーボーダー、境界はない」と思っていますが、伊藤さんの演奏も国境がない。
そして瞬間瞬間で曲の本質をキャッチして素晴らしい即興もなさるし、メロディを弾くと美しく歌ってくださるんです。コンサートホールの空間からもらえるインスピレーションもきっとあると思うので、当日まであえてすべてを決めすぎずに臨もうと思っています。沈黙から対話が始まって音が生まれる、という緊張感をじっくり楽しみたいですね。
Photo:Raj Naik
タワーレコードの思い出に寄せて
── 今回のコンサート、タワーレコードさんのアニバーサリーですよね。やはりディスクを手に取って聴く楽しみ、ジャケットのアートワークがあって、ライナーノートを読んだり。それはライブとはまた違う音楽体験だと思うんです。こういう、レコード店に足を運んで、ポップを読んでディスクに出会う、という文化がだんだんなくなってきているのが寂しい。ディスクの文化とライブの文化、両方大事と思うんです。
タワーレコード、もうアメリカにはないんですよね。それで今回、日本のタワーレコード主催のコンサートを、というニュースを見た海外の方が、それは素晴らしいねって喜んでくれています。1987年に私のデビューアルバムがアメリカでリリースされたとき、ロサンゼルスのサンセット通りにあるタワーレコードで、独立記念日の推薦盤となって店頭に並んだんです。外の壁に大きいアルバムカバーのペイント壁画まで描いてくれた、思い出の店です。今回、渋谷店の移転30年と私の30枚目のアルバム『Euphoria』をコラボさせて、というお話をいただいたときには、なにかもう、鳥肌が立つほど嬉しくて、特別なご縁を感じました。
今って、車にCDプレイヤーがないみたいですね。アナログのレコードが再び売れるようにはなってきましたが、CDに馴染みのない世代も増えてきました。私はやはり好きなアーティストさんのアルバムは必ず買うし、カバーを見ながら聴いてライナーを読んで、というのをいまだにやるんですよ。
1枚のアルバムをつくるにあたっては、まず、自分の頭の中にモチーフやアイデアがやってくるのを、ひたすら待つところから始まるんです。およそ100ほどモチーフが溜まるまでを、私は「受付期間」って呼んでいて、その間はできる限りツアーもお休みして、そこに集中します。その中から絞り込んで、アレンジやミュージシャン、サウンドの方向性を詰めていくわけです。ミキシングの段階ぐらいまで音源が仕上がってくると、そこで初めてタイトルを決めながら、そのイメージに合う写真家を選んで、アートワークのことも話していく。「アルバムじゃなくてシングルでいい」「ストリーミングでいいじゃないか」っていうアドバイスをいただくこともあります。でも、私はそれができないタイプなんです。やっぱり、そのときの自分の生き方まで映す存在になるので、「アルバム」という形にこだわってしまうんですよね。
世代も人種も超えるコミュニティを、ライブコンサートが紡ぐ
特にアメリカは車社会なので、まず自然にカーラジオで私の音楽を知ってくれる人がいて、それでいいなと思うとディスクを買ってくれたりライブに来てくれるようになる。
フェスティバルもそうです。ピクニックのように家族ぐるみで来てくれるので、私のファンの方が今や3世代、4世代になってきて、それがすごくうれしくて。若者は若者だけの音楽っていう風にジャンルが偏りがちだと思うので、若い子たちが「Super cool!」なんて言ってくれるのがうれしいですし、逆に、昔ラジオで聴いてくださっていた20年来のリスナーのなかには、働き盛り、子育てで忙しくてずっとライブに来れなかったけど、やっと今来れるようになった、また来るよ、と言ってくださる方もいたりします。
Photo:Jack Cohen
Photo:Jack Cohen
── この30年、生活の拠点はロサンゼルスとのことですが、とにかくアメリカ国内、それに海外のツアーに明け暮れる生活ですね。そこでいろいろな出会いもあると思いますし、リスナーも、アート・ツーリズムっていうのかな、せっかくだから旅行して、アウェイの地で好きなアーティストのライブを聴く、そこでいろいろなつながりや体験が生まれると思うんです。
世代もそうですが、私の音楽を聴いてくださるファンは、人種的にもすごく多様です。ライブの後のサイン会で、お客さんの名前を聞くことってありますよね。ひとりが「ジョージです」と言ったら、後ろのお客さんが「ヘイ!僕もジョージだよ!」って、人種の違うジョージさんふたりがハグして仲良くしているんです。
母の日にチケットをご両親に買ってあげて一家で来てくれたり、とにかくいろいろな機会にみんな集まってコンサートに来てくれたりとかして。
── ライブに来てこそ成立する素敵なコミュニティだと思うんですよね。今、アメリカ、日本もそうですが、不寛容で排他的、人々が分断されがちだと思うので、こういう関係を築くのは大切だと思います。
そうですね。アメリカ、本当に困った状況にあって、もうアメリカで活動できない、身の危険を感じる、って国外に出てしまうようなミュージシャンやプロデューサーも少なくないんです。私もアメリカでは、永住権を持って住んでいても、人種としてはマイノリティです。だからライブでもよく言うんですが、この平和な空気を、どうかみんなで広げていってほしい。 “Love and Courage”「愛と勇気があればできるはず」と。
日本語で言うとちょっとキザだから言いにくいんですが(笑)。でも、どんなに難しい時代になっても、いい思いを発信していけば絶対良い方向に向かうと、私は信じたいです。
ミュージシャンらしさのある社会貢献
── 多様性が認められてこそ松居さんが活躍してこられたと思うので。その一方、アメリカはもともとチャリティ、社会貢献が盛んな文化と聞いています。
乳がん撲滅キャンペーンのお話をいただいたとき、やはり自分は女性であって、健康でこうして音と一緒に旅ができている。だから音楽で何か恩返しがしたいと。マイノリティで特に生活に苦しいような人たちがガン検診を受けることが難しい現実があります。そういう人たちに手をさしのべる機関があることをもっと知ってもうためのキャンペーンツアーをしました。骨髄バンクのキャンペーンに参加したのは、マイノリティのドナーが不足していて緊急に必要だと聞いたからです。南アフリカへは何度も行って、レコーディングやコンサートをしてきました。ご縁を感じますし、友人アーティストもいるので、いつか何か貢献したいと思っていたんです。そんな中、国連のWFP(世界食糧計画)からお話をいただき、アフリカ飢餓救済プロジェクトのために、アルバムのタイトル曲を提供しました。また、ペルーでは子どもたちのためのチャリティ活動として、コミュニティとの交流を行い、子どものジャズバンドとも共演しました。パラグアイではチャリティコンサートとして、オーケストラとの共演もしています。次はブラジルでのチャリティも計画中です。
Photo:Raj Naik
── 子供に音楽を届ける、というのがいいですね。子供のときに音楽なり美術なり、アーティスティックな体験と出会えれば社会も変わると思うんです。
日本は小学校でまだ音楽や図工の授業がありますが、アメリカの公立学校は芸術科目を廃止してしまった。おそらくもう20~30年前のことです。子供時代に学校の授業やスクールバンドで楽器に触れたのがきっかけでプロを目指した、っていうミュージシャンがアメリカにはすごく多いんです。以前は公立学校でも自然にそういうチャンスがあったけれど今はなくなってしまった、ということで、子供たちに貢献したいと思って動いているアーティストは多いですよ。
── そして旅を続ける、と。
ちょうど3.11の震災の後に東ヨーロッパツアーをしていました。最後の街がウクライナのチェルノブイリだったんです。コンサートが終わってサイン会をしていたら、最後まで待っていてくれた女性が、涙ながらに「ありがとう」って言ってくれて。「日本のことは本当にお悔やみ申し上げます」と。さらに、「でもこれで一緒の悲しみ、苦しみを分かち合うことになってしまいましたね」と言ってくれたんです。悲しい分かち合いですけれど、そういう思いでいるんだな、と。そして今、ロシア人のファンやスタッフの声を聞くとまた別の複雑な思いにもなります。イスラエルでは、一部の公演が中止となりましたが、別の都市では演奏できました。『Travel Safe! 』というのは、ツアーをしているミュージシャン同士がよく交わす挨拶なんですが、残念なことにその挨拶が現実味を帯びて聞こえる時代になってしまいました。
── そういう悲しみ、痛みもあるけれども、やはり何ものにも替え難い人生ですね。
本当にそう思います。やはり聴いてくださる方、アルバムを手に取ってくださる方がいて、互いに受け取るもの、届けるものがあり続ける。音楽と人に生かされている私がいて、だから私はこういう立場に身を置いて旅をし、音楽を届け続けるんだろうな、と。
<公演情報>
タワーレコード渋谷店移転30周年記念
『松居慶子ピアノコンサートThe Space Between — 線と弦 —』
1月8日(木) 東京・よみうり大手町ホール
開場 18:00 / 開演 18:30
出演:松居慶子 / ゲスト:伊藤ハルトシ(チェロ奏者)
【チケット情報】
一般:7,500円(税込)
※全席指定席、未就学児入場不可
https://w.pia.jp/t/keikomatsui-tr/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2536184&afid=P66)
関連サイト
松居慶子 オフィシャルサイト
https://keikomatsui.com/
https://avex.jp/keikomatsui/
松居慶子 インスタグラム
https://www.instagram.com/keikomatsuijazz/