三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む

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三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む

(撮影:You Ishii)



2019年に発表されて以来、世界各国の実力俳優が取り組んできた一人芝居『プライマ・フェイシィ』の日本初演がついに実現する。描かれるのは、加害者側の無罪を勝ち取ってきた気鋭の弁護士が、一転、自らが被害者となることで突きつけられる司法の矛盾や曖昧さだ。何より、法律が男性優位に作られ女性である自身を守ってくれないことに気づき闘っていく様に、世界の観客が胸を震わせた。その熱く切実な一人芝居に挑むのは三浦透子。今演じる意味、今観る意味があると、大変な挑戦に向かう。

どんな作品も、時代背景や文化と切り離せないもの

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


──まだ稽古開始前の段階ですが、『プライマ・フェイシィ─私の声を聞いて─』をどんな作品だと感じておられますか。

エンターテインメントの面白さだけではなく、ひとつの社会問題についてちゃんと深く考えるきっかけになり得る、そういう力強さを持った作品だなというふうに思っています。

──もともと社会問題をテーマにした作品に興味がおありでしたか。


どんな作品も社会の問題を描くという面をはらんでいるとは思います。作品というのは、エンターテインメントではあるけれども時代背景や文化と切り離せないものだなというのは、ものづくりをする上で常々感じていることで。普段自分が生きているなかだけでは考えの及ばないような価値観や人の感情に触れられることが、お芝居をしていてすごく面白いところであり、このお仕事の魅力だと思っているので。そういう意味で、自分が人として成長できると思える作品に出会いたいという気持ちは常に持っています。

──この作品では、性的暴行を受けた女性が直面する問題が描かれます。加害者側の弁護人として多くの無罪を勝ち取ってきた弁護士テッサが被害者の立場となり、男性優位な視点で作られている法律にぶつかり立ち向かっていくわけですが、ご自身がこの作品と出会い演じることは、どんな意味がありそうでしょうか。

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


私がやることの意味がどこにあるのかは私が判断できることではないと思いますけど、観てくださる方に私がやる意味があったと思ってもらえるようにしなきゃいけないなということは強く感じます。この作品に対してはやはり、制作側の人間だけでなく、受け取る側の人たちも強い思い入れを持っていらっしゃると思うんです。
オーストラリアで初演されてから、ロンドン、ニューヨークで上演され、日本でもナショナル・シアター・ライブとして映画館で上映されて、もっとたくさんの人にこの作品に出会ってほしいという思いが広がっていって、こうして日本で初演されることになったので、ただ単純に作品として楽しみだというだけではない感情を持ってくださった方もいらっしゃるのではないかなと。だから、責任重大ですし、演じるのが私でよかった、その思いをちゃんと引き受けられる人で良かったと思ってもらわなきゃいけない。自分がやる意味も、これから見つけていかなきゃいけないなと思います。

栗山民也との再タッグ。緻密な演出から学ぶ“本の裏側”


──思いを引き受けてほしい人として三浦さんに白羽の矢が当たったのは、演出を手がけられる栗山民也さんの希望が大きかったのではないかと推察します。これまでに、『ロスメルスホルム』(23年)と『星の降る時』(25年)でご一緒されていますが、どんなことが印象に残っていますか。

稽古序盤から本番に近い形で進めたいということを、演者にもスタッフにもおっしゃっていて、とにかく稽古の密度が濃いんです。だから、緊張感みたいなものがあるタフな現場ではあるんですけど、その分やっぱり学びが多く、私にはまだまだたくさん学ばなきゃいけないことがあるんだなと気づかされるので、またご一緒したいと思うのだと思います。

──具体的にはどんな学びがあるのですか。


三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


栗山さんとご一緒するのは今回も含めすべて海外戯曲なんですが、その土地、その時代、その文化についての造詣が深くていらっしゃるので、本の読解の深め方が学べますし。どうしたらこのキャラクターの感情が見えるのかということを踏まえた上で、舞台上での最適な身体の使い方、動き、声の出し方、台詞回しといったことも、とても具体的に提示してくださるんです。そこは私にはまったく考えの及ばないところだったりするので、「栗山さんはこの本の裏側に何を見たからその指摘をされたのだろう。どんな意図があるのだろう」ということを考えながら、たくさんのことを学んで吸収していけたらと思って稽古に臨んでいます。──本の読解という点では、たとえば今回の戯曲も少し深く読めるようになっているなとか、成長を感じられることはありますか。

もちろん今回も、ものすごく読んでものすごく考えますけど、でも、栗山さんの考えるところには絶対にかなわないので(笑)。栗山さんの稽古に臨むときに一番必要なのは、求められたことに対してちゃんと反応できるいい素材を準備することかなと思っています。身体も心も整えて。
ただ、どんな作品もいろいろな人の考え方が混ざり合って深まっていくのが健康的だなと私は思うので、この作品に限らず、自分で具体的に決めすぎないようにということは心がけているかもしれないです。

──もうひとつの舞台の上の身体の使い方や見え方という点では、一人芝居の今回、ご自身でどう見えるのがいいだろうと考えたりもされますか。

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


正直それは全然わかりません(笑)。お芝居って、自分で自分の心を動かすのではなくて、相手の台詞を聞いて勝手に心が動いたり身体が反応したりするもので、それが一番自然であり、その動かし合い、動かされ合いがお芝居の面白いところだなと私は思っているんですけど。じゃあ、一人芝居の場合は何を動機に心や身体を動かしたらいいのか。今はまったく想像できていないというのが正直なところです。だから、不安もあるし、本当に自分にできるのかと思わないでもないんですけど。そこはもう、栗山さんを信じてやろうと思っています。


演劇は「人の心が動いている瞬間」を目撃できるすごい体験


──栗山さんはよく、“演劇は死者の記憶や声なき声をよみがえらせるもの”というようなことをおっしゃっています。この作品の副題にも「私の声を聞いて」とありますが、このテッサの物語はテッサの視点から一人芝居で届けることこそが大切なのではないかなという気がします。三浦さんはこれがなぜ一人芝居の戯曲になったと感じられますか。

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


どうしてひとりでこの作品を届けることを作家が選んだのか。それを考えることも、この作品と深いところでつながるきっかけになるかもしれないですね。考えてみます。演じることでわかるかもしれないです。

──三浦さんにとって演劇はどんな存在ですか。
私にとって演劇は、映像のお芝居では使っていない筋肉が鍛えられる場所という側面があります。作品と向き合う時間も映像と比べると贅沢にありますし。映画という映像文化を愛し大切に思う身としても、演劇を通して自分を磨く時間が自分にはどうしても必要だなと感じているんです。しかも、演劇だとリアリティを大きく飛び越えることができるので、演劇でないと出会えない作品がたくさんあるんですよね。それこそ、海外戯曲なんて、舞台を日本に置き換えるというような方法をとらないと映像ではできないでしょうから、やっぱり、演劇を通してでしか触れられない作品はあって。それは演者にとってもお客様にとっても、演劇のひとつ大きな魅力だなと感じています。そして、画面というフィルターなく、人の心が動いている瞬間を目撃できるというのは、やっぱりすごい体験だなと、観客としてもいつも感じるんです。そこにいる人の感情がダイレクトに伝わってくる。
自分の周りで空気まで揺れている。それはまさしく体験することなんですよね。だから、ナマでちゃんと届けられる人でいたいなということはすごく思っています。歌もそうなんです。やっぱりライブを大事にしたいなと思っていて。つま先から頭の先まで人の前にさらされる、人の前で全部を使って表現するという場所は、大切にしています。

──『プライマ・フェイシィ』も体験をしてもらえそうですね。

ニュースなどで被害を見聞きしても、被害に遭った方の気持ちが本当のところでわかるとは言えないですよね。この作品を観ても、もっと言えば、演じても、あなたの気持ちがわかりますとはたぶん言っちゃいけないと思います。でも、そういう立場に立った人の心がどんな動き方をするのか、可能な限り、みんなで共有してみんなで考える必要があると思ったからこの作品が生まれてきていると思うので。ひとつの言葉を発する緊張感や感情の動きがダイレクトに伝えられる演劇でこそ、やる意味のある作品だと思っています。東京公演ではとくに、ザ・スズナリという小さな劇場で上演するので、やる側も観る側もある程度ハードな体験になるだろうなと思うんですけど。覚悟して届けなければならないなというのは感じています。

──今このタイミングで上演することにも意味はありそうですか。

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む


だんだん女性が声を上げやすい世の中になってきてはいるものの、まだまだ変わらない現実やないがしろにされている声もあって、今ちょうど、変えていかなければと世界全体が変化している途中だと思うんです。だから、今やることにも今観ることにも、すごく意味があると思っています。

──最後に、この物語のなかでテッサは、自分が信じてきた司法制度や価値観が揺らぐ体験をしますが、三浦さんご自身も自分の考え方や見方が変わったと感じた経験をしたことはありますか。

作品ごとに現場が変わって新しい場所に行って新しい人と出会うという仕事をしていると、その場所によってリーダーが変わって、リーダーが変わると、その世界で大事にされている哲学や信じられているルールが変わったりするわけです。それがこの仕事の面白さであり難しさでもあるなと感じていて、だからこそ、自分で決めすぎずにフラットに臨んで、いろいろ学ぼうという考えに至ったのかもしれないんですけど。とはいえ、自分のなかにも、歳を重ねるにつれてどうしても、信じたいこととか許せないこととか守りたいものが増えていってしまうと思うんです。そのなかには、自分が間違えて信じてしまっていることもあるかもしれないですから、気づいたときに「あ、私、間違えてたな」と言える素直さとか柔軟さは持っていたいなと思っています。「間違えてました。すみません。教えてください」と言える自分でありたいなと。それは常に意識していたいです。意識しておかないと忘れちゃいそうだから。

三浦透子「私がやる意味があったと思ってもらえるように」『プライマ・フェイシィ』で一人芝居に挑む



取材・文:大内弓子撮影:You Ishii
スタイリング:佐々木翔ヘアメイク:山口恵理子

<公演情報>
『プライマ・フェイシィ -私の声を聞いて-』

作:スージー・ミラー
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
出演:三浦透子

【東京公演】
2026年7月1日(水)~26日(日)
会場:下北沢 ザ・スズナリ

【群馬公演】
2026年7月29日(水)~30日(木)
会場:高崎芸術劇場スタジオシアター

【福島公演】
2026年8月1日(土)・2日(日)
会場:いわき芸術文化交流館アリオスセキショウ中劇場

【茨城公演】
2026年8月5日(水)・6日(木)
会場:水戸芸術館ACM劇場

【大阪公演】
2026年8月9日(日)~11日(火・祝)
会場:近鉄アート館

【兵庫公演】
2026年8月14日(金)・15日(土)
会場:神戸朝日ホール

関連リンク
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/prima/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2666699&afid=P66)

特設サイト:
https://www.siscompany.com/prima/

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