Hammer Head Shark『-Befor 27℃ tour-』多様なオーディエンスとともに迎えた最終公演「安心して一緒にいられる曲がしたかったんだなって」
Photo:藤咲千明
Text:石角友香Photo:藤咲千明
Hammer Head Shark(ハンマーヘッドシャーク)が6月にリリースした初のフルアルバム『27℃』を携えたツアー「-Befor 27℃ tour-」のファイナル公演を8月31日、渋谷Spotify O-Crestで開催した。
6月30日に渋谷Spotify O-nestでスタートし、7カ所を巡ってきた今回のツアー。ファイナルのワンマン以外は井上園子や時速36kmら多彩なゲストを迎えて展開。これだけでも彼らのジャンルに縛られないバンドとしての求心力を感じるが、活動ぶりにも顕著で、昨年は過去にはandymori、きのこ帝国、羊文学、リーガルリリーらの名前が並ぶ、カナダ各地を巡るツアー『Next Music From Japan』に出演。
そして今年はSiM主催の『DEAD POP FESTiVAL』への出演権をかけたオーディションライブで勝ち残り、見事出演を果たすなど狭義のシーンに留まらないスタンスを見せてきた。そのアウトプットはこの日の多様なオーディエンスで埋め尽くされたフロアにも歴然としていたのだ。
歓声と拍手に迎えられ、フロアに現れたながい ひゆ(vo/g)、福間晴彦(ds)、藤本栄太(g)、後藤旭(b)。第一音が鳴らされる瞬間への息を飲むような集中力が空間を覆い、ながいの弾き語りで決意を届ける「うた」が放たれる。
これはとんでもないライブになる、確信に近い予感に満たされ、続く「園」へ。冷たい風のような藤本のギター、踏みしめるようなリズムにながいの感情を隠さない涙声にもう完全に掴まれてしまった。
あとから インタビュー(https://lp.p.pia.jp/article/news/422635/index.html?detail=true) を読んで知ったのだが、この曲のもともとのタイトルは「27℃」だったそう。拍手も憚られる静けさで「echo」へ。音源よりさらに透徹したサウンドが今のHammer Head Sharkを示す。
曲中にながいが「Hammer Head Sharkです。よろしく」と挨拶。サビへの突入でフロアごと前傾するようにウネリが増す。
イントロで歓声が上がったのは「魚座の痣」だ。後藤がベースを高く掲げ、さらに歓声が上がる。ハチロクの大きなグルーヴと浮遊感のある轟音の壁に翻弄されつつ、気持ちはどこまでも澄み渡る。このアンビバレンツはながいの儚いのに芯のある歌声とも重なるものだ。叫びに近い声すら彼女にとっては単なる唱法ではないのだろう。
ほぼノーMC、重奏で繋いでシームレスに演奏を続ける4人の胆力にも引き込まれながら、懐かさのあるメロディ、藤本の涼しいギターサウンドが体感温度を変える「レイクサイドグッドバイ」。この時、彼のTシャツがRIDEであることに遅ればせながら気づいた。そしてステージの暗闇から発されるフィードバックノイズからの「声」、意識が遠のくような音像とこれまた少し懐かしいメロディを持つ「Gummi」。
現実の夏はねっとり暑いのにここは体感をなくした記憶の夏のように輝度だけがある感じだ。
藤本栄太(g)
そしてひときわ歌詞が聴こえたのは「しんだことになりたい」で、ながいの愉快そうな声の表情も相まって、鬼気迫って聴こえたのだった。決して死にたい歌じゃない「しんだことになりたい」に続いて、「透明な天使じゃあ、これ以上は行けないんだよ」と歌う「Blurred Summer」が少々残酷に聴こえる。こんなふうにライブのあいだじゅう、自分の記憶や体感とともに自由にいさせてくれるのもこのバンドの度量の広さなのではないか。
一転、フォーキーな世界観の「Dummy Flower」ではながいのあどけない歌が童話っぽい歌詞の無邪気ゆえの怖さを際立たせた。
10曲をほぼノンストップで演奏してきた後、福間が「お客さんの方照らしてもらえる?すげえ!」と感嘆。観客を気遣う発言もしながら、夏休みの終わりのこの日にファイナルを迎えたことに感激を隠せず、「娘が生まれたら美しい夏とか名前つけちゃいそう」と笑わせる。彼の気さくな人柄を知ると気楽になって、むしろ後半も自然体でライブが楽しめた。
これもバンドの個性だと思う。
福間晴彦(ds)
一気にBPMが上昇する「Midnight In Naked」で新しい景色に突入し、グランジーな「アトゥダラル僻地」へ。ながいの投げやりな歌唱、ラフに刻まれるストローク、完璧なテレキャス弾きの像を結んでいく。リアルでニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」は見たことがないが、真似ではなく換骨奪胎された世界が鳴っていた。こういうキャラクターのある曲はフロントが堂々としていないと成り立たない。それで言えばながいは完璧なフロントマンだ。
ながい ひゆ(vo/g)
彼女が「ワンマンでしかできない曲を」と告げて始まったのは「点滅ヘッドライト」だ。弾き語りの歌い出し、記憶の中の真夜中の光景。
人には意味がないものが真実に思えるような何か。説明的じゃないからこそ鮮明になる曲だ。ながいの「ギター!」の一声から藤本渾身のソロが暗闇を切り裂き、再び弾き語りに戻る構成も心に残った。
4人が向き合う陣形になった「綺麗な骨」のポストロックにチェンバーポップの色合いも含むアレンジの奥行き、エンディングのフロアを照らす強い照明も込みで物語性を作り出す。さらに音源よりソリッドさを感じた「Daisy」まで前半同様、7曲を駆け抜けた。
ここでながいが「元気が出ないときに背中を押すような曲じゃないけどーーそれもしたいけど、逃げるようにしてもいい、安心して一緒にいられる曲がしたかったんだなって」と、ツアーで得た実感を話す。「綺麗なものだけで出来てると思わない、それでもその目玉は私にとっての光。そこに居てくれてありがとう。」と借り物でない言葉で謝辞を述べた。
そしてアルバムタイトルの『27℃』は27歳という意味にも繋がっていると言い、「約束があったんですけどそれは完成しないまま、この『27℃』というアルバムを完成することを選んで良かったってことです。」と、解釈の余地を残した。
終盤は普遍的なポップソングにも通じるいいメロディを持った「名前を呼んで」が一歩踏み出す晴れやかさを醸し、メンバーにも笑顔が見える。そしてながいの故郷の景色が浮かびそうな「月とおばけ」での震える声から絶唱へのリアリティ。確かな足取りを照れることなく編んだセットリストはここにきて清々しい境地へ達し、本編ラストはこの曲しかない、アルバムのラスト同様「たからもの」が凱歌のように鳴らされる。
“現実が美しいものと思えた”ことを歌っていると、これもインタビューで読んだのだが、まさに自分のままで一歩歩みだす感覚を強くもたらしてくれる曲だ。渾身の演奏を続ける4人は余力を残さない潔さと同時に清々しい表情に見える。「こんなに美しいのにねえ、僕らは」と歌うながいに諧謔は感じない。バンドとフロアの達成感が高い地平で昇華したエンディングだった。
アンコールではビールを回し飲みする4人の微笑ましい姿に温かい気持ちに。これからも精力的に活動していく決意をおのおの述べて、「りんごの駅」、そして本編よりラフに痛快に「アトゥダラル僻地」が再び鳴らされた。冒頭、いろいろとバンドのプロフィールを書き連ねたが、無二の体験をしたかったらぜひHammer Head Sharkのライブに足を運んでほしい。
なお、『27℃』のアナログレコードは好評であれば引き続きプレスするそう。そして純度1000%と福間が言う、対バンを迎える来年1月の渋谷WWWの自主企画ライブも決定している。
<公演情報>
Hammer Head Shark『-Befor 27℃ tour-』
2025年8月31日 東京・渋谷Spotify O-Crest