世にも奇妙な「茶色の絵画」の正体とは? 知られざる技法「焼絵」の謎に迫る展覧会が板橋区立美術館で開催
「焼絵」という知られざる絵画の技法を、日本はもちろん、朝鮮、中国、そして現代の作品から約100点で紹介する『焼絵茶色の珍事』が2026年3月7日(土)より板橋区立美術館で開催される。
「焼絵」とは、熱した鉄筆や鏝(こて)などを紙や絹などに押し当て、絵や文字を表現した作品のことをいう。絵を描く前に素材が焼けてしまいそうだが、実際には線描、点描、色の濃淡など、水墨画さながらの繊細な表現が可能だ。江戸時代後期には「いといと珍らかにこそ(非常に珍しいことである)」(村田春海『琴後集』「焼画記」)と言われていたが、この技法にとりつかれ、熱心に取り組んだ人もいた。
如秀《亀図》江戸時代(18~19世紀)彌記繪菴
それが如蘭こと近江・山上藩の第五代藩主・稲垣定淳(1762ー1832)だ。諸芸に通じ、如蘭と称した定淳は、独学で焼絵に没頭し、鯉が勢いよく滝を登る《三十六鱗図(登龍門図)》や、滋味あふれる《松茸図》など、絵師顔負けの作品を残した。「如秀」や「如峨」など署名に「如」を含む人物がいることから、焼絵の伝授も行っていたと考えられる。
白峨《竹虎図》江戸時代(19世紀)彌記繪菴
また俳諧や狂歌といった文芸の世界や、好奇心旺盛な浮世絵師の中でも、焼絵の静かなブームがあったことが確認されている。
少ない材料で楽しめる焼絵は、倹約が推奨された江戸時代後期の時勢にぴったりの技法だったと考えられる。同展ではこの焼絵愛好の諸相にも迫っていく。
さらに大陸の焼絵も紹介する。焼絵は、中国では「火画」、朝鮮では「烙画」と呼ばれ、江戸時代、太田南畝と中国人が焼絵について語り合ったり、朝鮮通信使に日本の焼絵が披露されるなど、焼絵は国際交流のツールとしても有効だったと考えられる。
とはいえ焼絵には、未だ謎の部分が数多い。しかしさまざまな「焦げ」が作り出す、世にも奇妙な茶色の画面は、今まで知らなかった豊かな表現世界を私たちに教えてくれるに違いない。
<開催情報>
『焼絵茶色の珍事』
会期:2026年3月7日(土)~4月12日(日)
会場:板橋区立美術館
時間:9:30~17:00(※入館は~16:40)
休館日:月曜
料金:一般900円、大学生600円
公式サイト:
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/index.html