KAAT神奈川芸術劇場 2026年度ラインアップ 長塚圭史芸術監督「社会にあるさまざまな“線”を問う」
KAAT神奈川芸術劇場の2026年度ラインアップがいよいよ始動。去る2月26日に開催されたラインアップ発表会には、芸術監督の長塚圭史が出席。「なぜ人は線を引くのか -Why do people draw the lines?」をテーマに掲げ、長塚が主宰する阿佐ヶ谷スパイダースが神奈川県民と創作する『ジャングル』、第30回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した『ライカムで待っとく』の作・兼島拓也、演出・田中麻衣子による新作『もうちょっとしたら、このあたりで』(仮)、海外招聘作品『Love Beyond(Act of Remembrance)』といった上演ラインアップが発表された。新シーズンの本格的なスタートを前に、その全貌を会見レポートと共に紹介する。
なぜ人は“線”を引くのか 社会を映す3つの新作
発表会は前年度のふり返りから始まった。長塚にとって、1期目(5年)の芸術監督の任期最終年度となった昨年度(2025年度)は、ケラリーノ・サンドロヴィッチの『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』、山内ケンジの『勝手に唾が出てくる甘さ』(KAAT×城山羊の会)、長塚による『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』、岡田利規の『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』という4作もの新作が発表されるという、長塚曰く「ちょっと特別過ぎた……(苦笑)」ラインアップとなったが、『最後のドン・キホーテ』が第33回読売演劇大賞最優秀作品賞、選考委員特別賞(大倉孝二)、第60回紀伊國屋演劇賞の個人賞(安井順平)に輝くなど高い評価を得て、長塚も「(1期目の)集大成の1年となった」と手応えを口にした。
KAAT神奈川芸術劇場芸術監督の長塚圭史(撮影:加藤甫)
そして、2期目の初年度となる2026年度のテーマとして長塚が掲げたのは「なぜ人は線を引くのか -Why do people draw the lines?」。昨今の外国人との共生を巡る文脈での、排外主義的な主張も目立つが、そうした流れへの危機感を口にし、家族やコミュニティ、国境など、人々が生活する中で引かれている多くの“線”に着目し「なぜ僕らは生活、社会の中で線を引くのか? 線を引かない社会はあり得ないのか?社会に様々な線があることを問いたい」と思いを口にした。
「劇場には“信じる力”がある」 県民を巻き込み挑む『ジャングル』
このテーマに深くつながる作品としてラインアップされたのが『ジャングル』(KAAT×阿佐ヶ谷スパイダース)、『蛙昇天』(作・木下順二/演出・ウォーリー木下)、『もうちょっとしたら、このあたりで』(仮)(作・兼島拓也/演出・田中麻衣子)の3作品。
『ジャングル』はイギリスの劇作家ユニットであるジョー・マーフィー&ジョー・ロバートソンによる作品で、フランス北部の街・カレーに実在した、イギリスに渡ろうとする人たちが集った難民キャンプ「ジャングル」での出来事をベースに、欧州諸国で社会問題となっている難民問題について描いている。国境、民族、宗教など、様々な境界について問うという作品だが、演出を務める長塚は、本作を自らが主宰を務める阿佐ヶ谷スパイダースのメンバーのみならず、公募で募集した神奈川県民をキャスティングして上演すると説明。ロンドンでの初演時は、多国籍キャストが参加しての多言語での上演となったが、今回、あえて日本人キャストのみで日本語で上演する。長塚は「日本人が“○○人を演じる” という部分に演劇のポテンシャルがあると思うし、劇場には“信じる力”があると思っています。この国で、この『ジャングル』を成立させることができれば、それは演劇の力となる」と県民を巻き込んでの大きな挑戦への意欲を口にする。
物語については「実際の難民キャンプの実態は壮絶なものですが、この作品の中には確かな希望があります。人々が人間として誇りを持って、理解しようと努力し、なによりも生きていこうとする力にみなぎった作品です。
線を越えてきた人たちの話であり、線を引かれる人たちの話です。この物語のすごく面白い部分のひとつとして、難民キャンプの人たちが、どうやって共生していくかが焦点なのですが、そこにボランティアのイギリス人が来るんですね。でも難民の人たちは(フランスのカレーからドーバー海峡を渡って)イギリスに行きたいわけです。でもイギリスのボランティアがそこで活動し、支援する――そこには強い皮肉があり、この戯曲の層を厚くしていると思います。戯曲としても素晴らしいですし、空間としても見たことのない大スタジオの空間になると思います」と自信をのぞかせた。
冷戦と沖縄を通して問う現代に続く“線”の問題
KAAT神奈川芸術劇場芸術監督の長塚圭史(撮影:加藤甫)
『蛙昇天』は、『夕鶴』、『子午線の祀り』の木下順二が1951年に発表した戯曲で、米ソ冷戦の時代に日本社会を揺るがせた「徳田要請問題」をテーマにしている。「徳田要請問題」とは、シベリア抑留から帰還した引揚者の一部が、自分たちの帰国が遅れたのは日本共産党書記長・徳田球一の要請によるものだと主張し、真相究明のために衆議院と参議院の各委員会に証人喚問された人物が、遺書を残して自殺した事件。木下は事件を蛙の世界に置き換えて本作を執筆。
当時、高校生だった蜷川幸雄が、その初演を観劇したことで演劇を志したという逸話もある。演出を務めるのはハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」シリーズ、『町田くんの世界』、『チャーリーとチョコレート工場』などの話題作を手掛け、東京2020パラリンピック開会式の演出も担当したウォーリー木下。KAATでの演出は今回が初めてとなる。
ビデオメッセージを寄せたウォーリー木下は本作について「昨今の日本の民主主義と比較しても決して古びた話ではありません。集団主義によって人が傷つけられたり、大きな暴力がシステムによって起こったり、もしくは人と人がSNSを通じて分断したり、罰しあったりするような社会。これが果たして本当に民主主義なのか、そういうことも考えられるような作品となっています」と語る。
そして『もうちょっとしたら、このあたりで』(仮)は『ライカムで待っとく』がセンセーションを巻き起こした、沖縄在住の作家・兼島拓也と沖縄に出自を持つ演出・田中麻衣子のコンビの新作。近未来の神奈川県に位置する架空の人工島・房島を舞台に、沖縄からこの島へと移り住んだ人々の姿を描く。
ビデオメッセージで田中は、本作は『ライカム』の続編ではないと断りつつ「問題意識は共通していて、前回を経て何が見えてきたのか、何が逆に見えなくなっているのか、あるいは何を見せられていて、何を見えなくさせられているのか、そういったことを意識しながらいまは戯曲の執筆に取り組んでいます」と語り、タイトルについても「昔々、あるところに」というおとぎ話の定番の語り口を念頭に「今回の仮タイトルは、それをもう少しだけ特定し、フィクションとしてうかうかと受容させないぞ、安心させないぞという気概も前作同様にちょっと込めています」と説明する。長塚は「ハードな設定になると思いますが、兼島さん特有の軽やかさで描いていただけると思います。沖縄に僕らが引く見えない線は『ライカムで待っとく』で兼島作品と出会って、思い知らされた線でもあります。米軍との間に引かれた線、越えていい側と越えてはいけない側のある線――その線は(米軍基地がある)神奈川にもありますが、この物語の中では神奈川と沖縄にも線が引かれるんじゃないかという予感があります。兼島・田中タッグで辛辣だけど温かい現代劇ができあがると思います」と期待を口にした。
この他、2026年度の前半(4月~8月)には、2作のキッズプログラム作品を上演。フランスで活動するダンサー・振付家の伊藤郁女の振付・構成・演出により、KAATキッズ・プログラム2023にて上演された『さかさまの世界』 が再演されるのに加え、ノゾエ征爾が児童文学作家ヤヌシュ・コルチャックの作品を演劇化し、子どもながらに王位に就くことになった主人公の少年と仲間たちの理想の国づくりに向けた奮闘と苦難を描く『子どものための美しい国』(仮) が上演される。
越境する表現が集結 劇場の現在地を示す多彩な企画
劇場空間と現代美術の融合による新しい表現を展開する独自企画「KAAT EXHIBITION 2026」では、彫刻家の三沢厚彦、棚田康司を迎え「彫刻される劇場」を開催。
普段は美術館と劇場という異なる場で展開される彫刻と演劇の存在を問い直し、その境界を越境するという試みを行う。
海外招聘作品として、視覚的・身体的演劇を融合させた作品を創作する演劇クリエイターのラメシュ・メイヤッパンの作品で、KAATで上演された村上春樹の小説を原作とする『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』で知られるマシュー・レントンを演出に迎えた『Love Beyond(Act of Remembrance)』を6月に上演する。ラメシュ自身、聴覚障害を持つが、認知症を患い、ろう者として手話を使うハリーという男性が主人公の物語で、記憶も言葉も失っていくハリーが自身と向き合い、愛を探求するさまを描き出す。手話(英語手話)、視覚言語、口頭でのセリフで展開され、耳の聴こえない方も楽しめる作品となっている
KAAT DANCE SERIESでは、フランスの気鋭の振付家ノエ・スーリエの構成・振付による話題作『Close Up』が日本で初めて上演される。さらに2023年にKAATで初演され、話題を呼んだ筒井康隆の小説を福原充則の演出、関島岳郎の音楽で舞台化した『ジャズ大名』の再演も決定。江戸末期にアメリカから漂着した黒人奴隷と出会った小藩の藩主が、彼らの奏でる音楽に魅了され、城中でジャズセッションを繰り広げるというコメディ。初演に続いて千葉雄大、藤井隆が出演する。
また、イギリス現代演劇を代表する作家デヴィッド・ヘアの傑作『スカイライト Skyligt』が杉原邦生の演出で上演される。
ロンドン北西部で教師として質素な暮らしをする女性と、彼女がかつて働いていたレストランのオーナーであり不倫関係にあった男、さらに男の息子の3人の登場人物たちが繰り広げる会話劇で、彼らの会話からイギリスの社会情勢や埋めがたい価値観の違い、彼らの生い立ちや生活環境が浮き彫りになっていく。舞台美術家でもある杉原だが、本作に関しては舞台美術のコンペを行なうことを明かしており、どのような舞台装置、視点でミニマムな会話劇が展開されるのか、注目が集まる。なお、本公演は舞台美術家コンペの開催も決定。
KAAT神奈川芸術劇場2026年度ラインアップチラシより
他劇場に目を向けると、KAATでおなじみの岡田利規が東京芸術劇場の芸術監督に、また上村聡史が新国立劇場の芸術監督に新たに就任。同世代の作家・演出家の芸術監督就任についてコメントを求められた長塚は、新国立劇場のラインアップに触れ「非常に個性が出ていて、上村さんらしいラインアップでこれからどうなっていくか楽しみです。時代に対する意識を非常に高くお持ちになって、臨まれていくんだろうと期待しております」と語り、岡田については「ラディカルに進めていかれるところが多分にあるんだろうと思います。アプローチが非常に現代的で、アートに対する意識が高く、大きな刺激をくれると思います。頼りがいのある野田のアニキ(※前任の野田秀樹)とはまた違う新しい発想で、ドイツでも活躍し、アートが非常に認められた社会で作品を発表して、それを体感されている方なので、そういう意味でも、岡田さんが東京芸術劇場を牽引してくれるのは刺激になります。
岡田さんの動向を横目で見つつ、僕らもチャレンジしていきたいです」と語った。その上で「ただ、それぞれの地域でそれぞれの役割、在り方はあるので、流されないようにしたいです。僕は(演劇を鑑賞する人口の)底上げをしたい、絶対数を増やしたいという思いがあります。劇場は絶対に体に良いはずなので(笑)、多くの人に活用していただきたいと思っています」と力強く語っていた。
なお、本稿で紹介したほかにも提携公演など多数の注目公演が予定されている。詳細なラインアップおよび最新情報は、下記公式サイトを参照されたい。
KAAT神奈川芸術劇場公式サイト:
https://www.kaat.jp/