【展示レポート】『アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち』異なる価値観をもつ他者との共生を考える
経済格差や排外主義などから始まる世界の戦禍。誰かを糾弾するのではなく、誰もが幸せになる社会を求めて――。異なる価値観を持つ他者との共生を考える『アルフレド・ジャーあなたと私、そして世界のすべての人たち』が、3月29日(日)まで東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている。プレス内覧会で聞いた解説を織り交ぜて紹介したい。
アルフレド・ジャーは1956年チリのサンティアゴ生まれ。1973年9月11日のクーデターで実権を握ったピノチェト独裁政権を逃れて、1982年に渡米。ニューヨークを拠点に、社会の不均衡や地政学的な課題を調査し、建築的手法をベースに写真・映像・立体など多様なメディアを用いたインスタレーションを手がけてきた。1986年のヴェネチア・ビエンナーレと1987年のドクメンタに参加し、両国際展に招待された初のラテンアメリカ出身アーティストに。
日本では2018年、核兵器廃絶と世界恒久平和を願う「ヒロシマの心」を美術を通して広く世界へアピールする「第11回ヒロシマ賞」を受賞した。
最初の展示室では、ジャーの半生と初期作品を紹介。なかでもヴィンテージの消化器の上に地球儀が置かれた《今は火だ》は、人種差別の現状と暴力性を告発したジェイムズ・ボールドウィンの小説にちなみ、守護と抑圧、温もりと不満など相反する性質を表現している。また、作曲家ジョン・ケージの演説文に由来する《彼らにも考えがある》は、「私たちは考えなしに生きているのではない」という為政者へのメッセージだ。さらに《アメリカのためのロゴ》は、1987年に公的プロジェクトの一環で、電子ビルボードの広告の合間に「THIS IS NOT AMERICA(これはアメリカではない)」といった言葉を挿入し、話題を集めた作品を紹介している。
《アメリカのためのロゴ》1987年
続いてブラジル北東部のセーラ・ベラーダにある金の採掘現場で撮影した《ゴールド・イン・ザ・モーニング》シリーズを。一攫千金を求め、低賃金で労働力を搾取される鉱夫たちの姿。発光面を壁側に向けてライトボックスを設置し、覗き込むことで鏡に映る像が見える作品は、自分を見る鏡を、誰かと向き合う装置に変容させたものだ。
左:《ゴールド・イン・ザ・モーニング》、右:《ゴールド・イン・ザ・モーニング(黒)》
《ゴールド・イン・ザ・モーニング》1985/2007年
また、1990年代初頭、6つの共和国からなる旧ユーゴスラヴィアが解体する中で勃発したボスニア=ヘルツェゴビナ紛争を題材とした《エウロパ》を展示。多民族国家であった旧ユーゴスラヴィアで、冷戦後、民族間で独立をめぐる対立が起こり、それぞれの民族を支援する大国の思惑や無関心が拍車をかけ、ヨーロッパで最も凄惨な戦場と化した。近年のロシアとウクライナの戦争も連想させる。
《エウロパ》1994年
さらに、1993年に飢饉と内戦で混乱するスーダンで「ハゲワシと少女」を撮影し(後に被写体は少女ではなく少年だったことが判明)、ピューリッツァー賞を受賞するも、論争の中で自死してしまった報道写真家、ケヴィン・カーターを題材としたシアター形式のインスタレーション《サウンド・オブ・サイレンス》を体験する。この作品は、鑑賞者が一枚ずつ持ち帰ることができるポスター作品《写真はとるのではない。つくるものだ》とリンクする。アメリカ人写真家アンセル・アダムスの言葉にちなんでおり、撮り手がイメージを作り出していることを自覚させる。写真を撮る前に幼子を救えなかったのか、いや、センセーショナルな写真を好む私たちが撮らせたのではないか。
構図を決め、何を誰に見せ、あるいは何を隠すのか。目の眩むような光。撮ること、見ることの責任を意識させる。
《サウンド・オブ・サイレンス》2006年
《写真はとるのではない。つくるものだ》2013年
同展のために制作された新作《明日は明日の陽が昇る》は、第二次世界大戦における敗戦と冷戦構造の中でアメリカ合衆国への追従を余儀なくされてきた日本の姿を、インスタレーションとして提示したもの。
併せて、ドローンによって広島の原爆ドームを初めて真上から撮影した映像インスタレーション《ヒロシマ、ヒロシマ》とを行き来すると複雑な思いがする。原爆ドームの上空は飛行禁止区域だが、ヒロシマ賞受賞記念展(広島市現代美術館)での制作にあたり市に特別に許可を得たという。ドローンは、朝6時の誰もいない広島の情景から、川をつたい、原爆が落とされるときに標的となった橋を捉え、そこから少しずれた今の原爆ドームへ。
映像内のドームが回転し、やがて風が実際に吹いてくる。「それは爆風ではなく、平和の風なのです」と祈りを込めてジャーは語った。
同展を企画したキュレーターの野村しのぶは、こうした社会問題を扱う美術作品が増えている時流について「美術の世界では、この悲劇があるからこの作品が成立しているということを忘れがちではないだろうか」と自問自答し、ジャーとも対話も重ねたという。その上で「遠い国の災禍は他者の物語に見えかねない。しかし同じ地球上に生き、日常のさまざまな選択を通じて、私たちは“当事者”であることを感じる展覧会にしたい」といった答えを導き出したと話す。そのような願いを込めて、展覧会タイトル「あなたと私、そして世界のすべての人たち」は付けられた。ジャーの作品には光や鏡が象徴的に使われている。隠れて見えない問題を浮かび上がらせるとともに、一人一人の存在を照らし出すようだ。
取材・文・撮影:白坂由里
<開催情報>
『アルフレド・ジャーあなたと私、そして世界のすべての人たち』
2026年1月21日(水)~ 3月29日(日)、東京オペラシティアートギャラリーにて開催
公式サイト:
https://www.operacity.jp/ag/exh294/