市川團十郎、『助六由縁江戸桜』の「江戸紫の鉢巻」贈呈式に参加 初の豊洲での会見に思い
「紡いでいくことが大事」と語った市川團十郎 (C)ORICON NewS inc.
歌舞伎俳優の市川團十郎が21日、東京・豊洲の魚河岸水神社で行われた『江戸紫の鉢巻』贈呈式に参加した。
5月歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』(5月3日~27日)夜の部で成田屋の家の芸『助六由縁江戸桜』を上演する。『助六由縁江戸桜』は、二世市川團十郎が初演。代々の市川團十郎家の俳優を務める際に魚河岸にあいさつに行き、旦那衆から舞台で使用する引幕と下駄と鉢巻が贈呈されてきた。その伝統は今に受け継がれ、助六が締める江戸紫の鉢巻が、魚河岸水神社と魚河岸に関する文化行事を守る魚河岸会から助六を演じる市川團十郎家に贈られている。
公演の開幕に先立ち、團十郎が豊洲にある魚河岸水神社を訪れ、成功祈願と「江戸紫の鉢巻」の贈呈式が行われた。贈呈式の前には取材会も実施。團十郎は「5月の歌舞伎座におきまして、上演することが決定しました。
松緑さんの息子さんの左近さんが(三代目尾上)辰之助になるという興行でもある。我々世代、大先輩たちと5月の歌舞伎座を作っていこうという興行でございます。何卒、よろしくお願いします」とあいさつした。
また、2022年11月、12月に行われた『十三代目市川團十郎白猿襲名披露興行』以来の鉢巻贈呈。当時はコロナ禍で報道陣の呼び込みはなかった。「文化的には築地でずっとさせていただいておりました。豊洲に移転して、團十郎の襲名のごあいさつは、こちらでさせていただいた。会見を豊洲でさせていただくのは初めての経験」としみじみ。
『助六由縁江戸桜』への意気込みを問われると「こういう会見を魚河岸さんでさせていただくことは初めて。まず、そういうところなのかなと。二代目市川團十郎が『助六』を初演して、その当時の江戸の評判を得て、魚河岸さまからは鉢巻、当時の蔵前、新吉原から下駄と蛇眼の傘を頂戴した。そういう時代が350年間続いてきた。私が『助六』を上演する度に、父が『助六』を上演する度に魚河岸さまからは、いつも江戸紫の鉢巻を贈呈していただく。ずっと伝統としてやってまいりました。今、2026年、江戸というものに対しての感覚はたぶんおそらくほとんどの方がなくなってるのかな、と。ですが歌舞伎や、魚河岸、または『助六由縁江戸桜』というような演目には、江戸の情緒があふれているところが散りばめられているわけです。
そういったところを役者としては、父に教わったように演じられるように頑張っていきたいかなと思っています」と話していた。
贈呈式後にも取材を実施。「約350年続いている文化。そういったことはなかなかない時代の中で魚河岸さま、成田屋、市川家としての『助六由縁江戸桜』という演目の中でつむがれていることに重要性を感じました」とする。伝統は、息子である市川新之助へと受け継がれていく。「なくならないように私も一生懸命やっている。彼もなくならないように考える。伝統って、そういうもの。
忘れられるのが1番悲しいこと。戦争だって戦後、戦争を経験した人たちが、今どんどんいらっしゃらなくなっている。戦争について我々世代は、あまり把握できていない。でも覚えていないといけないこと、二度とやってはいけないことと先人は言っていた。そういうことと似ていて。伝統というものは歌舞伎の場合、親子で脈々と継いでいくことで、『こういう風にやっていくべきだ』と口伝として残る。紡いでいくことが大事かなと思います」と話していた。