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【フィギュア】佐藤駿が憧れの羽生結弦と同じ舞台へ 仙台から五輪へ

ミラノ・コルティナ冬季五輪に出場する佐藤駿。22歳の初舞台は、憧れの羽生結弦が2度の金メダルを獲得した夢の舞台だ。同じ仙台市出身の2人をつなぐのは、アイスリンク仙台で育まれた絆。佐藤は「本当に夢のよう」と、羽生と同じ軌跡をたどることへの喜びを語った。


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佐藤がフィギュアスケートを始めたのは5歳の誕生日。父親に連れられて訪れたリンクが、すべての始まりだった。

運命を決定づけたのは、2014年ソチ五輪。テレビで羽生のショートプログラムを見た瞬間、五輪を目指すようになった。
当時小学2年生。同じ仙台出身の先輩が世界の頂点に立つ姿は、少年の心に強烈な印象を残している。

以来、羽生の滑りはすべてのお手本となった。佐藤を指導する日下匡力コーチは「ふだんから羽生選手のビデオしか見ない。すべてが神様なので」と明かす。昨季からは演技前に羽生の映像を見てリンクに臨むのがルーティンに。特に好きなのは2019年スケートカナダのフリー「Origin」だという。

佐藤が羽生と初めて言葉を交わしたのは幼稚園の頃。
羽生の試合を観戦に行った際、幸運にも話す機会を得た。

そのとき、羽生から弓矢のペンダントをもらった。佐藤はこのペンダントを試合のお守りとして今も大切にしている。

同じアイスリンク仙台で練習していた時期もある。東日本大震災で被災し、一時は埼玉に避難しながらも練習を続けた佐藤。理想とする滑りは、常に偉大な先輩の背中だった。


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アイスリンク仙台は、羽生が度々寄付をして支援してきた。10代の頃から続く支援が、後輩たちの練習拠点を支えている。


佐藤はジュニア時代から頭角を現した。2019年にはジュニアグランプリファイナルで優勝。このとき記録したフリーと総合スコアは、ジュニア世界歴代最高記録として長く残った。

全日本選手権で五輪代表に決まったとき、佐藤は率直な思いを口にした。「羽生さんと同じような立場になれるように頑張りたい。メダルを目指したい」

仙台から羽ばたいた先輩と、その背中を追い続けた後輩。2人をつなぐ物語が、ミラノの氷上で新たな1ページを刻む。

文:SPORTS BULL(スポーツブル)編集部

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